日本の和菓子といえば、真っ先に思い浮かぶのが「饅頭(まんじゅう)」ではないでしょうか。全国の観光地や和菓子店で見かけるこの身近なお菓子には、実は700年以上にも及ぶ長い歴史と、驚くほど奥深い文化が込められています。現在私たちが親しんでいる甘い小豆あんこの饅頭は、遥か昔の中国で生まれた料理が、長い時間をかけて日本独自の和菓子へと変化を遂げた結果なのです。
饅頭とはどんなお菓子か
饅頭は、小麦粉などを練って作った生地で、あんこなどの具材を包んだ蒸し菓子の総称です。その主な特徴は、ふっくらとした皮の中に、甘いあんこがたっぷりと詰まっていることです。日本の饅頭は、和菓子の分類においては蒸し菓子に該当します。この饅頭は、和菓子の中でも特に身近で、多様な種類が存在します。
饅頭の発祥起源
饅頭の歴史を辿ると、中国の三国時代まで遡ることができます。
諸葛孔明と「蛮頭」の誕生
有名な軍師・諸葛孔明は、遠征から帰る途中、川の氾濫に阻まれてしまいました。地元の人々が「人間の首を供物として捧げなければならない」と言うのに対し、孔明は部下を犠牲にすることを避け、代わりに小麦粉をこねた皮に牛や羊の肉を詰めて、人の頭に似せた食べ物を作らせました。これを川に捧げると氾濫は鎮まり、軍は無事に川を渡ることができたのです。
この時作られた食べ物は、当初名前がありませんでしたが、後に「蛮頭(まんとう)」と呼ばれるようになりました。「蛮頭」とは蛮人の頭という意味でしたが、後に食物を意味する「饅」の字を当てて「饅頭(まんとう)」と表記されるようになったのです。
中国における饅頭の役割
中国では饅頭は主食として位置づけられ、中に肉や野菜を入れるのが一般的でした。何も入っていないものを「饅頭(マントウ)」、具材が入っているものを「包子(パオズ)」と区別して呼びます。甘いあんこを入れるのは、点心(間食のための軽食)として食べる時に限られていました。
饅頭が日本に伝わった二つの説
この中国の饅頭が日本に伝わったのは、鎌倉時代から室町時代にかけてのことです。禅僧の往来とともに、二つの異なる経緯で伝わったとされています。
聖一国師による伝来説
最初の説は、鎌倉時代の1241年に禅僧の円爾(えんに)によって伝わったというものです。円爾は宋で修行した後、博多に住んでいた時、茶店の栗波吉右衛門に酒母(酵母菌)を使った饅頭の製法を教えました。これが「酒饅頭」の始まりとされています。円爾は後に「聖一国師」と呼ばれ、日本の食文化に大きな貢献をした人物です。
林浄因による伝来説
もう一つの説は、それから約100年後の1349年(南北朝時代)に、中国から渡来して帰化した林浄因(りんじょういん)が奈良で饅頭を販売したというものです。林浄因の饅頭は、仏教で禁じられていた肉食の代わりに、小豆を煮詰めて甘葛(あまづら)という甘味料と塩味を加えたあんこを考案しました。この甘い小豆あんこの饅頭は、それまでにない画期的なお菓子として人気を博しました。
饅頭の製法と種類
饅頭は、製法や材料によって様々な種類に分けられます。
饅頭の製法には、大きく分けて二つの系統があります。
酒饅頭
小麦粉の生地を酒種(酵母菌)で膨らませて作ります。蒸し上がった後も生地にかすかにお酒の香りが残り、独特な風味があります。この製法は、後になってあんパンが考案される際にも応用されました。
薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)
うるち米を粉にした薯蕷粉と、山芋などの粘りのある芋を混ぜた生地を使います。酵母やふくらし粉を使わなくても、蒸すことで生地が膨らみます。比較的生地が薄めで上品な仕上がりになるのが特徴です。
饅頭の材料
餡のバリエーション
饅頭の餡は実に多彩です。基本の小豆の餡から始まり、えんどう豆で作ったうぐいす餡、黄身餡、ごま餡など、数えきれないほどの種類があります。現代では、ミルク餡やチーズ餡、チョコレート餡など、洋菓子の要素を取り入れた餡も人気を集めています。
皮のバリエーション
外側の皮も同様に多種多様で、基本の小麦粉から、米粉で作る「上用饅頭」、そば粉を使った「そば饅頭」、もち米の「かるかん粉」を使った「かるかん饅頭」、葛を使った半透明の「葛饅頭」など、地域の特産品を活かした様々な饅頭が全国で作られています。
日本における饅頭の歴史
饅頭は、日本独自の進化を遂げながら、和菓子の代表格となっていきました。
江戸時代における大衆化
江戸時代に入ると、砂糖の普及とともに饅頭は和菓子として様々な改良が加えられました。白砂糖を使った高級な上菓子から、比較的安価な黒砂糖を使った庶民的なものまで、幅広い種類の饅頭が作られました。江戸時代の名物番付では、塩瀬の蒸し饅頭がお菓子部門の1位を獲得するほどの人気でした。
焼き饅頭の登場
明治時代になると、オーブンがお菓子作りに使われるようになり、蒸して作るのではなく焼いて作る「焼き饅頭」が登場しました。栗饅頭やカステラ饅頭などがその代表例です。興味深いことに、焼き饅頭は作った翌日の方が皮と餡がなじんでおいしくなると言われており、業界では「戻りが良い」と表現されています。
紅白饅頭の起源
饅頭は古来より日本の伝統行事やお祝いの席に欠かせない和菓子でした。餡に使われる小豆の赤は邪気を祓う色とされ、丸い形は円満や縁を表す縁起物と考えられてきました。林浄因が宮中の女性と結婚した際に紅白の饅頭を作って配ったという伝承があり、これが現在の紅白饅頭の起源とされています。
現代の饅頭
現代の饅頭は、伝統を守りながらも時代に合わせて進化を続けています。
コンビニエンスストアでは肉まんやピザまんなど、中華まんじゅうの系統も含めて、多彩な饅頭が手軽に購入できます。また、地域の特色を活かした饅頭も数多くあり、北海道ではチーズ饅頭、港町では海鮮まんなど、その土地ならではの味を楽しむことができます。
日本の三大饅頭
現在では「日本三大饅頭」として、以下の三つの饅頭が特に有名です。
- 東京の塩瀬総本家の「志ほせ饅頭」
- 岡山の大手饅頭伊部屋の「大手まんぢゅう」
- 福島の柏屋の「薄皮饅頭」
これらは1993年の『日本三大ブック』で紹介されて広く知られるようになりましたが、いずれも長い歴史と確かな品質を誇っています。
東京 塩瀬総本家の「志ほせ饅頭」
志ほせ饅頭は、林浄因が日本で初めて饅頭を作って以来、約670年にわたってその伝統を守り続けてきた、饅頭の原点ともいえる存在です。林浄因は、仏教の教えで肉食が禁じられていた僧侶のために、肉の代わりに小豆を甘葛(あまづら)と塩で味付けした餡を考案しました。この餡を、米粉の一種である薯蕷粉(じょうよこ)と山芋を練り合わせた生地で包んで蒸し上げています。
この饅頭は、その上品で優しい甘さと、つるりとした口当たりの皮が特徴です。林浄因の子孫は後に塩瀬を名乗り、創業以来、朝廷や将軍家などにも献上されてきました。足利義政からは「日本第一番饅頭所」の看板を授けられたほどの格式を誇り、その歴史と品格は現在にも受け継がれています。
岡山 大手饅頭伊部屋の「大手まんぢゅう」
大手まんぢゅうは、備前米を使い、麹を発酵させて作る酒種(さかだね)の生地が特徴です。北海道産の小豆を丁寧に炊き上げた、こし餡がたっぷりと詰まっています。この饅頭は、皮が非常に薄く、餡が透けて見えるほどです。
名前の由来は、岡山城の大手門に近い場所に店があったことからきています。創業は江戸時代まで遡り、200年以上の歴史を持つ老舗です。酒種特有のほんのりとした香りと、薄い皮の中に詰まった、なめらかで上品な甘さの餡が絶妙なバランスを生み出しています。
福島 柏屋の「薄皮饅頭」
薄皮饅頭は、その名の通り、薄い皮とたっぷりの餡が特徴です。餡を皮で包むのではなく、皮を餡につけているという独自の製法で作られています。餡は、北海道十勝産の厳選された小豆を使用しており、風味を逃がさないように蒸し上げることで、小豆本来の豊かな香りと甘みが感じられます。
創業は江戸時代後期で、初代・本多佐助が奥州街道の旅人に、お茶とともに饅頭を提供したのが始まりとされています。安積開拓の精神と、その土地の人々の暮らしとともに発展してきました。甘さ控えめで、口どけの良いこし餡と、しっとりとした薄い皮の組み合わせが多くの人々に愛されています。
饅頭の美味しい食べ方
饅頭はそのまま食べるだけでなく、温めたり、調理したりすることで、また違った美味しさを楽しむことができます。
硬くなった饅頭の温め方
饅頭は時間が経つと硬くなってしまいます。最も効果的なのは蒸し器で蒸し直す方法です。また、手軽な方法としては、水で濡らしたキッチンペーパーをかぶせてラップで包み、電子レンジで7〜8秒程度加熱すると、ふんわりとした食感を取り戻すことができます。
饅頭の天ぷら
地域によっては「饅頭の天ぷら」という料理もあり、特に福島県ではご当地料理として親しまれています。衣をつけて油で揚げることで、サクッとした食感と餡の甘みの組み合わせを楽しむことができます。
まとめ
饅頭は中国の「蛮頭」から始まり、日本に伝来してから独自の進化を遂げ、現在では和菓子の代表格として愛され続けています。700年以上の歴史を持ちながら、今なお新しい味や形で私たちを楽しませてくれる饅頭は、日本の食文化の豊かさと創造性を体現した素晴らしい和菓子といえるでしょう。