2025年度第2四半期 食品・酒類業界の『業績悪化』を読み解く




業績悪化の全体像
2025年度第2四半期の決算発表で、食品・酒類上場メーカーの上位30社のうち18社が減益となった事実が明らかになりました。割合にして6割の企業が前年同期比で利益を減らしています。半数を超える企業が収益を落とす状況は、業界全体が厳しい環境に直面していることを示しています。
さらに注目すべき点として、このうち9社は減収も記録しており、売上そのものが縮小している企業が3割を占める計算になります。売上が伸びないだけでなく、実際に減少している企業が一定数存在する状況は、消費者の購買行動が慎重になっていることを裏付けています。
この背景には、原材料費の高騰を中心とした複数のコスト圧力が存在します。
企業の利益が減少した主な要因は、コストの上昇が販売価格への転嫁スピードを上回っていることにあります。原材料費、物流費、人件費といった主要なコスト項目がすべて上昇傾向にあり、企業はこれらを吸収しきれない状態が続いています。値上げを実施しても、消費者の節約志向が強まっているため販売数量が伸びず、結果として利益が圧迫される悪循環が生まれています。
原材料費高騰の実態と原因
コメ価格の上昇
天候不順による収穫量の減少
2024年から2025年にかけて続いた異常気象が、コメの生産量に深刻な影響を与えました。高温や長雨といった不安定な気候条件のもとで、コメの収穫量が大幅に減少したのです。コメは生育環境の変化に敏感な作物であり、一度不作が発生すると翌年の作付け計画にも影響が及びます。農家は前年の収穫状況を見ながら次の年の作付け面積を決めるため、不作の影響は単年度で終わらない構造があります。
店頭でのコメ価格は前年比で2倍以上に上昇しており、消費者の家計に大きな負担をかけています。日常的に消費される主食だけに、価格上昇の影響は食費全体に波及しやすい特徴があります。
政策対応の遅れと構造的な課題
コメ政策の見直しは長年にわたって議論されてきましたが、実効性のある改革は進んでいません。農林水産省の元事務次官である高木勇樹氏も、必要な改革が実施されていない現状を指摘しています。生産調整の仕組みや補助金制度など、農業現場の負担を軽減するための政策転換が求められているものの、具体的な動きは鈍い状況が続いています。
円安による生産コストの増加
円安の進行により、輸入に依存する農業資材の価格が上昇しました。肥料や農業機械の多くは輸入品または輸入部品を使用しているため、為替レートの変動が直接的にコストへ影響します。生産者が負担するコストが増えれば、最終的には販売価格に反映されざるを得ず、消費者価格の上昇につながっています。
野菜価格の上昇
記録的猛暑による生育不良
2025年の夏は全国的に記録的な猛暑となり、多くの野菜が高温によるダメージを受けました。レタスやキャベツといった葉物野菜は特に影響が大きく、生育の遅れや品質の低下が各産地で報告されました。高温環境では野菜の生育スピードが乱れ、本来の大きさまで育たないまま出荷時期を迎えるケースも増えています。
卸売市場への出荷量が減少した結果、需給バランスが崩れて価格が上昇しました。野菜は保存が難しい品目が多く、供給が減ると即座に価格へ反映される特性があります。
物流コストの上昇が価格に転嫁
燃料価格の高騰と運送業界の人手不足により、野菜の配送コストが上昇しています。産地から消費地まで運ぶための輸送費が増えれば、その分は小売価格に上乗せされます。野菜は重量があり、かつ温度管理が必要な品目も多いため、物流コストの影響を受けやすい商品といえます。
消費者は価格高騰が続くと、必要な野菜であっても購入を控える傾向が強まります。食卓の栄養バランスに影響が出やすくなる点は、社会的にも懸念される状況です。
魚価の上昇
世界的な需要の拡大
魚価の上昇は日本国内だけの問題ではなく、世界的な需要増加が価格を押し上げています。経済成長が進む国々では魚介類の消費が増えており、特に中国は世界最大規模の水産物輸入国として市場に大きな影響を与えています。需要が急速に拡大すれば、限られた資源をめぐる競争が激しくなり、価格は上昇します。
供給減と気候変動の影響
乱獲による資源の減少に加えて、海水温の上昇や海流の変化といった気候変動も漁獲量に影響を及ぼしています。特定の魚種が従来の漁場から移動したり、産卵場所が変わったりすることで、漁業者が安定的に漁獲することが難しくなっています。獲れる量が減れば供給は逼迫し、価格はさらに高騰する流れが生まれます。
円安による輸入コストの増加
日本は多くの魚介類を輸入に依存しているため、円安の影響を強く受けます。海外から調達する際の円建てコストが増えれば、そのまま国内市場価格へ反映されます。為替レートの変動は短期間で価格を大きく動かす要因となるため、輸入依存度の高い品目ほど影響を受けやすい構造があります。
鶏卵価格の上昇
鳥インフルエンザによる供給減少
鶏卵価格が急騰した最大の要因は、鳥インフルエンザの発生による鶏の大量処分です。感染が確認された農場では、感染拡大を防ぐために数万羽単位で鶏が処分されるため、供給量が一気に落ち込みます。国内の卵不足が続く中で、卸売価格と小売価格がともに上昇しました。
鶏卵は供給の回復に時間がかかる品目です。処分された鶏の代わりに新たなヒナを育てて産卵可能な状態にするまでには数ヶ月を要するため、供給不足が長期化しやすい特徴があります。
猛暑による産卵率の低下
鶏は高温環境に弱い家畜であり、猛暑が続くとエサを食べる量が減少して産卵効率が落ちます。2025年の夏は過去に例を見ないほどの暑さとなり、各地の養鶏場で産卵率の低下が報告されました。暑さ対策として冷房設備を増やせば電気代が上昇し、これもコスト増加の要因となります。
飼料価格の高騰
鶏の飼料に使われるトウモロコシや大豆ミールといった穀物の価格が上昇しています。国際情勢による穀物価格の高止まりが続いており、飼料コストの増加が卵の生産コストを押し上げています。飼料は養鶏経営における主要コストの一つであり、その価格変動は直接的に卵の市場価格へ反映される仕組みです。
卵は家庭でも外食でも使用頻度が高い食材であるため、価格変動が広範囲に影響を及ぼします。
2025年度第2四半期の業界別動向
製粉業界:採算悪化
政府による小麦の売渡価格が引き下げられたことで、製粉業界では採算が低下しました。通常であれば原料価格の引き下げは企業にとって有利に働きますが、今回は業界全体の販売環境が厳しく、利益改善につながりにくい状況が生まれています。小麦粉の需要そのものが伸び悩んでいるため、原料コストの低下分を販売増加に結びつけることができていません。
冷凍食品:堅調な需要
一方で、冷凍食品の需要が好調なニップンはプラス成長を確保しました。家庭用冷凍食品の需要は引き続き堅調であり、調理時間を短縮したいというニーズが根強く存在しています。同じ食品業界の中でも、カテゴリーによって明暗が分かれる結果となりました。冷凍技術の向上により品質が改善されていることも、需要を支える要因となっています。
製油業界:収益環境悪化
米国でバイオ燃料の混合比率が引き上げられたことにより、世界的に汎用油の供給バランスが変化しました。バイオ燃料の原料として大豆油やパーム油といった植物油が使われるため、食用油としての供給が減少する構造が生まれています。結果として日本国内でも製油業界の採算が悪化し、収益に影響が出ています。
消費者の動向分析
実質賃金の継続的なマイナス
2025年9月まで9ヵ月連続で実質賃金がマイナスとなっており、消費者の購買力は低下しています。名目賃金は上昇していても、物価上昇率がそれを上回るため、実質的な購買力は減少する構造が続いています。この状況が消費者の倹約志向を強め、購買行動を慎重にさせている根本的な要因となっています。
プライベートブランドへのシフト
消費者はコストを抑えるために、プライベートブランド製品を選ぶ傾向が強まっています。株式会社エクスクリエの調査によると、プライベートブランドの購入頻度が増えたと回答した消費者の割合は、2019年の調査と比較して7.4ポイント増加しました。大手スーパーやコンビニエンスストアが展開するプライベートブランドは、品質を保ちながら価格を抑えた商品として支持を集めています。
買いだめ行動の発生
値上げ前にまとめ買いをする傾向が見られます。特にビールや酒類では、値上げ直前に購入が増加する買いだめ現象が顕著です。2025年4月からの酒類の値上げに際して、消費者は事前にストックを増やす行動を取り、一時的な売上増加につながりました。ただし、この需要は前倒しされたものであるため、値上げ後は反動減が発生する特徴があります。
健康志向の高まり
消費者の健康志向も強まっており、機能性食品やオーガニック食品の需要が増加しています。低糖質や高たんぱく質といった健康を意識した商品が人気を集めており、これらの市場は継続的な成長を続けています。
環境意識の高まり
同時に、環境問題への関心も高まっています。リサイクル可能なパッケージや、環境に配慮した製造過程を持つ商品が支持される傾向にあります。消費者の価値観の変化は、企業の製品戦略にも影響を与えています。
デジタル化の進展
オンラインショッピングの普及により、消費者の購買行動が変化しています。若年層を中心に、スマートフォンを利用したネットショッピングが一般化し、価格比較やレビューを参考にした購買が進んでいます。実店舗とオンラインを使い分ける消費行動が定着しつつあり、企業はオンラインでの販売戦略を強化する必要性に迫られています。
過去5年間の業績トレンド分析
2020年の業績トレンド
外食市場の急減速
2020年は新型コロナウイルスが食品業界の構造を大きく変化させました。外出自粛や営業時間短縮の影響で、外食産業は大幅な売上減少に直面しました。食品メーカーも業務用商品の需要が急減し、特に外食チェーン向けの商品を扱う企業は大きな打撃を受けました。
家庭内需要の急増
一方で、家庭で過ごす時間が長くなったことにより、加工食品や冷凍食品の需要が急増しました。いわゆる巣ごもり需要が発生し、家庭用商品を扱う企業は売上を伸ばしました。業務用と家庭用のバランスによって、企業ごとに業績の明暗が分かれた年といえます。
2021年の業績トレンド
外食産業の段階的回復
2021年はワクチン普及が進み、経済活動が徐々に再開されました。外食市場では営業再開や来店需要の回復が見え始め、テイクアウトやデリバリーの利用も定着しました。外食関連企業は新たなビジネスモデルを取り入れながら、業績回復の道を歩み始めました。
健康志向の広がり
オーガニック食品やヘルシー食品の需要がさらに拡大した年でもあります。体にやさしい食品や、余計な添加物が少ない商品が選ばれるようになり、関連市場は成長を加速させました。コロナ禍を経て健康への意識が高まったことが、この傾向を後押ししています。
2022年の業績トレンド
原材料価格の急騰
2022年は急激な円安が企業収益に直接的な影響を与えました。輸入原材料の価格が一気に上昇し、多くの食品メーカーがコストアップに苦しみました。上位30社の半数以上が減益となり、収益性の低下が顕著になった年です。
価格転嫁の難しさ
企業は価格改定を進めましたが、消費者側の負担感も大きく、購買意欲の鈍化が見られました。値上げを実施しても販売数量が減少するため、売上全体が伸びにくい状況が続きました。価格と数量のバランスをどう取るかが、各社の経営課題となりました。
2023年の業績トレンド
購買行動の二極化
2023年も原材料費の上昇が続き、企業の負担が継続しました。消費者はより価格に敏感となり、手頃な価格帯の商品が選ばれやすくなる一方で、明確な価値が伝わる高付加価値品も一定の需要を保ちました。価格帯による二極化が進んだ年といえます。
冷凍食品と加工食品の安定成長
家庭内調理のニーズは引き続き存在しており、冷凍食品やレトルト食品は安定した成長を見せました。調理の手間を省きたいという需要は根強く、これらのカテゴリーは堅調な推移を続けています。
2024年の業績トレンド
食材価格の全面的な上昇
2024年は消費者物価指数の上昇が続き、家計に対する負担が大きくなりました。コメや野菜といった生活に密着した食材の価格上昇が顕著であり、消費者の節約志向が強まりました。食品メーカーも売れ行きの鈍化に直面し、数量ベースでの成長が難しい状況となりました。
外食需要の本格回復
アフターコロナの動きが本格化し、外食の利用頻度は徐々に元の水準に戻りつつあります。飲食業界は新たなビジネスモデルの構築や、効率化を進めながら回復基調を維持しました。
業界が取り組むべき今後の戦略
価格帯別商品の拡充
冷凍食品業界では来期から価格対応型商品の拡充が相次いで発表されており、消費実態に合わせた数量増加を図る方針が示されています。松・竹・梅の3価格帯での需要喚起を目指す動きが広がっており、消費者の選択肢を増やすことで市場全体の活性化を図ろうとしています。
手頃な価格を求める層へ対応する価格訴求型商品と、価値や品質の高さを求める層へ向けた高付加価値商品の両軸で展開することが、業績改善の鍵になると考えられます。どちらか一方に偏るのではなく、複数の価格帯で商品を揃えることで、幅広い消費者層の需要を取り込む戦略です。
デジタルマーケティングの強化
オンラインショッピングの普及に対応するため、企業はデジタルマーケティングやEコマース戦略を強化する必要があります。SNSを活用した情報発信や、オンライン限定商品の展開など、デジタル環境に適した施策が求められています。消費者との接点を増やし、ブランドの認知度を高めることが重要です。
環境配慮型商品の開発
環境問題への関心が高まる中で、企業は環境に配慮した製品の開発や、持続可能な製造プロセスを導入することで競争力を高める必要があります。プラスチック使用量の削減や、リサイクル素材の活用といった取り組みが、消費者からの支持を得るための要素となっています。
業界内の協調と差別化
業界内での競争が激化する一方で、M&Aや提携を通じて市場シェアを拡大する動きも見られます。規模の経済を活かしてコストを削減することも、収益改善の手段となります。同時に、他社との差別化を図るための独自性の追求も欠かせません。品質、価格、サービスのどこに強みを持つかを明確にすることが、競争環境を勝ち抜くポイントとなります。
まとめ
2025年度第2四半期の業績は、食品・酒類業界が直面する厳しい現状を明確に示しました。原材料費の高騰、物流費や人件費の増加といったコスト圧力が企業の収益を圧迫し、消費者の実質賃金がマイナスで推移する中で購買意欲も影響を受けています。
過去5年間の業績トレンドを振り返ると、コロナ禍、円安、原材料費の高騰、消費者物価の上昇といった外部環境の変化に、業界は常に対応を迫られてきました。その時々で企業が直面する課題は異なりますが、共通するのは迅速な対応力が業績に直結するという点です。
今後は、価格帯別の商品展開、デジタル化への対応、環境配慮型商品の開発といった複数の戦略を同時に進めることが求められます。業界全体として、需要変化を見据えた取り組みを継続していくことが重要となるでしょう。





