半生菓子として親しまれてきたマドレーヌやフィナンシェは、かつて保存性に課題を抱えていました。
しかし、近年の技術革新によって、その地位は大きく変わっています。
ここでは、その背景にある昭和時代の終わり頃に起きた保存技術の進化と、それがもたらした影響について詳しく解説します。
フランス発祥のお菓子、マドレーヌとフィナンシェ
伝統的なフランスのお菓子文化
マドレーヌとフィナンシェは、どちらもフランス生まれの伝統的な焼き菓子です。
フランスでは、ティータイムや贈り物として親しまれてきた歴史があります。
素朴ながらも奥深い味わいは、世界中で愛され続けています。
マドレーヌとは?
マドレーヌは、ふんわりとした食感と、見た目にもかわいらしい貝殻型が特徴のお菓子です。
バターと卵の風味がしっかりと感じられ、優しい甘さが口いっぱいに広がります。
その親しみやすい味わいから、子どもから大人まで幅広く人気があります。
フィナンシェとは?
フィナンシェは、小さな長方形や楕円形に焼き上げる焼き菓子です。
アーモンドパウダーと、焦がしバター(ブラウンバター)をたっぷり使って作られます。
しっとりとした食感と、香ばしいコクのある味わいが特徴です。
そのリッチな風味は、ティータイムを格別なひとときにしてくれます。
半生菓子が抱えていた「日持ち」の課題
マドレーヌやフィナンシェといった半生菓子は、クッキーのようにカリッと乾燥しているわけではなく、しっとりとした食感が魅力です。このしっとり感は、口当たりをやさしくし、食べやすいという大きな長所となっています。
しかし同時に水分を多く含んでいるため、保存性に課題がありました。特にカビが発生しやすかったり、時間の経過とともにバターなどの脂質が酸化し、風味が落ちやすいという弱点を抱えていたのです。
このためマドレーヌやフィナンシェは、長距離の地方発送や長期間保存が必要なお中元・お歳暮といった贈答品には不向きとされていたのです。
結果として、これらの半生菓子は主に地元での消費が中心となり、遠方への販路拡大が難しい状況が続きました。
一方で完全に乾燥しているクッキーは水分が少なく、カビや酸化のリスクが低いため長期保存に適しており、全国規模での販売にも対応しやすいという違いがあり、この保存性の差が、クッキーと半生菓子それぞれの商圏や用途の広がり方に大きな影響を与えていたのです。
保存性の課題を解決① 脱酸素剤「エージレス」の登場
マドレーヌやフィナンシェといった半生菓子は、クッキーのように乾燥していないため、しっとりとした食感が大きな魅力です。やわらかく口当たりもよいため、老若男女問わず愛されてきました。
しかし一方で、保存が難しいという大きな弱点を抱えていました。水分が多いため、時間が経つとカビが生えたり、味や香りが劣化しやすかったのです。そのため、長期間保存したり、遠くへ発送するには向かないとされていました。
この悩みを解決するために登場したのが、「エージレス」という脱酸素剤です。
エージレスは小さな袋の中に微粉末状の鉄を詰めたもので、お菓子と一緒に密封して使います。袋の中に残った酸素に鉄が反応し、「錆びる」という自然な化学反応を起こします。このとき鉄が酸素を取り込み、袋の中の酸素を減らしていきます。結果として、パッケージ内部はほぼ無酸素の状態となり、酸素が原因となる酸化やカビの発生を防ぐことができるのです。
保存性の課題を解決② アルコール製剤の登場
どれほど工夫して包装しても、完全に密封するのは難しいものです。包装のわずかなズレや機械の誤差によって、ごく小さな穴(ピンホール)ができてしまうことがありました。この穴から少しずつ空気が入り込むと、袋の中に酸素が戻ってきてしまい、カビの発生リスクが高まります。
こうした課題を解決するために、新たに登場したのが「粉末アルコール製剤」です。粉末アルコール製剤とは、細かい粉末状にしたアルコールを小さな袋に詰めたものです。
この袋を半生菓子と一緒に密封すると、粉末アルコールがゆっくりと蒸発し、袋の中にアルコールの成分が広がります。アルコールには強い抗菌作用があるため、たとえ空気が侵入してもカビの発生を抑える効果が期待できるのです。
もともとこの粉末アルコール技術は、南極観測隊の越冬隊員たちのために開発されたものでした。
限られた物資しか持ち込めない南極で、粉末アルコールを現地の水に溶かしてお酒を作るために生まれたのです。
この独創的な技術が、のちに食品保存の分野にも応用され、半生菓子などの品質保持に大きな役割を果たすようになりました。
「脱酸素剤」と「アルコール製剤」の効果
「エージレス」と「粉末アルコール製剤」という二つの技術を組み合わせることで、保存性は一段と向上し、マドレーヌやフィナンシェなどの半生菓子も長期間にわたって美味しさを保てるようになりました。
これまでは地元の店頭での販売が中心だった半生菓子も、全国各地への発送が可能になり、お中元やお歳暮といった贈答品としても広く利用されるようになったのです。
この技術革新は、単に保存期間を伸ばしただけではありません。全国どこにいても、新鮮な半生菓子を楽しめるという新しい喜びを生み出しました。そして、半生菓子の市場を大きく広げ、菓子業界全体に新たな成長のチャンスをもたらしたのです。
マドレーヌとフィナンシェが贈答品市場で躍進
エージレスや粉末アルコール製剤といった保存技術の進化により、マドレーヌやフィナンシェは贈答品市場で大きな躍進を遂げました。
かつては水分を多く含むため日持ちが難しく、限られた地域でしか販売できなかったこれらの半生菓子も、保存性が飛躍的に向上したことで全国発送が可能になりました。
この変化は単に販路が広がっただけでなく、多くの菓子店にとって新たなビジネスチャンスを生み出しました。地方の小規模な菓子店も、保存技術を取り入れることで遠方への販売を実現し、売上拡大や新ブランドの立ち上げを進めることができたのです。
こうしてマドレーヌやフィナンシェは、贈答品市場で確固たる地位を築き、同時に多くの店舗が商店レベルから企業レベルへと成長を遂げるきっかけとなりました。
半生菓子の進化は、菓子業界全体の活性化にも大きく貢献したのです。