百貨店という場所は、単に商品を売るだけでなく、特別な体験を提供する文化的な空間として機能しています。
特に日本の百貨店では「催事」と呼ばれる期間限定のイベントが重要な役割を果たしています。
これらの催事は、消費者にとって日常では出会えない商品や体験に触れる貴重な機会となっています。
アムール・デュ・ショコラとは
ジェイアール名古屋タカシマヤという百貨店では、毎年バレンタインデーの時期に「アムール・デュ・ショコラ」というチョコレートの催事を開催しています。
このイベントは長年にわたって成長を続け、2025年には売上高49億円強、来場者数90万人強という規模にまで発展しました。
これらの数字は前年と比較してそれぞれ約12%、約11%の増加を示しています。
アムール・デュ・ガトーとは
このチョコレート催事の成功を受けて、百貨店側は新たな挑戦を始めました。
チョコレート以外のスイーツについても同様の催事を開催することで、より幅広いスイーツの魅力を消費者に伝えようと考えたのです。
そこで企画されたのが夏季開催の「アムール・デュ・ガトー」でした。
この名称の「ガトー」はフランス語でケーキを意味する言葉で、チョコレートに限定されない多様なスイーツを扱うイベントであることを示しています。
アムール・デュ・ガトーの開催規模
2024年に初めて開催されたアムール・デュ・ガトーは、6日間の開催期間で6万3000人以上の来場者を記録しました。
この結果は百貨店側の予想を大きく上回るものでした。
この成功を踏まえて、2025年の第2回開催では大幅な規模拡大が図られました。
開催期間は6日間から10日間に延長され、参加ブランド数は34から47に増加し、販売される商品の種類も約600種類から約800種類へと拡大されました。
2025年のテーマ「ジューシー」
2025年のアムール・デュ・ガトーの中心概念となったのが「ジューシー」というテーマです。
ここでいうジューシーとは、単純に果汁が豊富であることだけを指すのではありません。
視覚的な鮮やかさ、みずみずしい食感、夏らしい爽やかさ、そして色彩豊かな見た目など、複数の要素を含んだ総合的な表現として設定されています。
参加する各パティシエやスイーツブランドは、このテーマに沿って夏にふさわしい商品を開発しました。
アムール・デュ・ガトーの会場の構成
会場の構成についても工夫が凝らされました。
メインとなる10階の催会場に加えて、フードメゾン岡崎店にサテライト会場を新設しました。
これにより、より多くの顧客がアクセスしやすい環境を整備しました。
会場の工夫
購入した商品をその場で食べることができるイートインスペースや、パティシエが実際に調理する様子を見ることができる実演ブースも充実させました。
これにより、単に商品を購入するだけでなく、五感を使ってスイーツを楽しむ体験型のイベントへと発展させています。
アムール・デュ・ガトー参加ブランドの事例
セイスト
参加ブランドの中でもセイストというショコラトリーは、実店舗を持たずに催事でのみ商品を販売する営業形態にあります。
瀧島誠士シェフが手がけるこのブランドは「今ここでしか出会えないスイーツ」をモットーとし、各催事に合わせて新作を開発しています。
アムール・デュ・ガトーでは「白桃とカカオパルプのパルフェ」を出品しました。
この商品は8層からなる複雑な構造を持ち、ヨーロッパから取り寄せた白桃とエクアドル産のカカオ果肉を使用しています。
各日100個限定という希少性もあって、開場と同時に完売する人気商品となりました。
プルシック
岐阜市に本拠を置く「プルシック」からは、従来のプリンとは異なる商品が登場しました。
所浩史シェフが開発した「ジューシープリン」は、通常のプリンとは構造が逆転しています。
通常はプリンが主役でソースが脇役ですが、この商品ではイチゴのジュレがメインとなり、プリンをソースとして上からかける構成になっています。
旬の時期に収穫したイチゴをピューレ状にして冷凍保存し、それをジュレに仕上げる技術と、ジュレに絡みやすいようプリンの硬さを調整する職人技が組み合わされています。
メゾンジブレー
技術革新という観点では、「メゾンジブレー」の取り組みも注目されます。
江森宏之シェフが率いるこのブランドは、2015年のミラノ万博で開催されたスイーツのワールドカップで優勝した日本チームのキャプテンを務めた人物による店舗です。
ここでは、従来のジェラートやアイスクリームの概念を拡張し、野菜を含む多様な素材を使用したジェラートを開発しています。
例えば、栃木県産のアスパラガスを使用したジェラートは、冷製スープのような味わいを持ちながら、アスパラガス本来の甘みも感じられる商品となっています。
アムール・デュ・ガトーで見られた演出
和の要素の活用
伝統的な和の要素の活用も見られました。
京都の「京きなな」では、レモンジュレ、ほうじ茶フラッペ、白桃を組み合わせた和風シェイクを開発しました。
これは日本の茶文化と現代的なドリンク文化を結びつけた商品として位置づけられます。
現代的な技法の融合
「京都北山マールブランシュ」では、抹茶ブランドとしての特性を活かし、お濃茶を使用したミルクフラッペで日本の茶文化を現代風にアレンジしています。
コラボレーション商品の開発
震災復興支援
コラボレーション商品の開発も積極的に行われました。
「アッシュチョコレートワールド」と「カルヴァ」は共同で、能登半島地震の復興支援を目的とした商品を開発しました。
能登の素材を使用したクッキー缶を2種類作成し、売上の一部を復興支援に充てるという社会貢献の要素を含んだ取り組みです。
異業種との連携
さらに異業種とのコラボレーションも実現しました。
「パティシエ エス コヤマ」は人気ラーメン店「獅子丸」と協力し、スイーツとラーメンという異なる食品ジャンルを組み合わせた実験的な商品を開発しました。
「メキシコ唐辛子香るこだわりナッツの担々麺」と「黒トリュフ香る極甘とうもろこしのカカオつけ麺」という2種類の商品は、カカオとラーメンという一見相反する要素を融合させた作品です。
アムール・デュ・ガトーでの新しい試み
新しい試みとして、日替わりかき氷コーナーも設置されました。
通期で出店する「shizuku」に加えて、「cocoo cafe」「氷匠ル・クレール」「ヨリドコロヒヨリ」「こおり屋bambu」といった専門店が日替わりで出店しました。
これらの店舗は通常予約が必要な店であることが多く、催事という機会を通じて普段味わうことが困難な商品を体験できる貴重な場となりました。
パティシエの技術へのこだわり
技術的な側面から見ると、多くのパティシエが素材の調達から製法に至るまで細部にこだわりを見せました。
「イクアリー」では、クレープ生地の素材選択、焼成温度、生地の伸ばし方といった工程を徹底的に研究し、従来の店内で食べるクレープを持ち運び可能な箱入りクレープとして再構築しました。
「メゾンカカオ」の石原紳伍シェフは全国各地を巡って厳選した素材を使用し、地域の特色を活かしたスイーツ開発に取り組みました。
アムール・デュ・ガトーの来場者の行動の変化
消費者の行動パターンにも変化が見られました。
開場前から行列を作るファンから、大阪など遠方から足を運ぶ来場者まで、幅広い層の来場者が見られました。
中には10万円程度の購入を予定している客もおり、単なる地域イベントを超えた注目度の高さが確認されました。
アムール・デュ・ガトーの運営面
約800種類という豊富な商品ラインアップが用意されました。
このうち実演商品が約110種類、限定商品が約90種類含まれており、来場者にとって選択の幅が広く、かつ特別感のある商品構成となっていました。
これらの商品情報は事前に公式ウェブサイトやInstagramで発信され、来場前から消費者の関心を喚起する仕組みが構築されていました。
また、多くの商品には個数制限や販売時間の指定が設けられ、希少性と特別感を演出する工夫が施されていました。
アムール・デュ・ガトー地域経済への影響
このイベントが名古屋のスイーツ業界や地域経済に与えた影響は多面的です。
まず、地域の菓子職人にとって全国規模の催事に参加する機会が提供され、技術向上や新たな表現への挑戦が促進されました。
消費者にとっては、普段接する機会の少ない全国の有名パティシエの作品を一度に体験できる機会となりました。
百貨店業界にとっても、従来のチョコレート催事の成功モデルを他の分野に応用する新しいビジネスモデルの確立という意味で重要な実験となりました。
アムール・デュ・ガトーの文化的な影響
技術革新の観点では、冷凍保存技術の活用、新しい食材の組み合わせ、視覚的インパクトと味の両立など、現代のスイーツ業界が直面する課題への解決策が多数提示されました。
これらの技術や発想は、参加したパティシエたちが各自の店舗に持ち帰り、さらなる発展を遂げていくことが期待されます。
アムール・デュ・ガトーの将来性
アムール・デュ・ガトーの成功は、名古屋という地域が単純な消費地ではなく、スイーツ文化の発信地としての役割を果たし得ることを示しました。
10日間という短期間でありながら、全国から注目を集め、多様なメディアで取り上げられたことで、名古屋のスイーツシーンの認知度向上に寄与しました。
このイベントが継続的に開催されることで、名古屋の夏の文化的行事として定着し、さらなるスイーツ文化の発展の起点となることが予想されます。