BAKEの事業戦略|ブランドストーリーの構築とIT活用

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現代の小売業界では、デジタル技術の活用が企業の生存戦略として不可欠になっています。

特に2020年以降、新型コロナウイルス感染症の影響により、多くの企業が従来の店舗中心の販売モデルから、オンラインとオフラインを融合したハイブリッドモデルへの転換を余儀なくされました。

この記事では、日本の菓子製造販売会社BAKEの事例を通じて、この転換がどのように実現されたのかを解説します。

目次

BAKEの事業戦略

まず、BAKEという会社がどのような企業なのかから説明します。

同社は2014年の創業以来、一般的な洋菓子店とは異なるアプローチで事業を展開してきました。

1ブランド1プロダクト戦略

BAKEは「1ブランド1プロダクト」という独特の戦略を採用しました。

これは一つのブランドで一つの商品に特化するという考え方です。

具体例として、「BAKE CHEESE TART」というブランドならチーズタルトのみ、「PRESS BUTTER SAND」というブランドならバターサンドのみを扱います。

この戦略の狙いは、商品を絞り込むことで顧客に分かりやすく伝え、品質を高めることでした。

工房一体型店舗

各店舗は工房一体型として設計され、焼きたての商品を提供することで他店との差別化を図りました。

店舗からは甘い香りが漂い、顧客はスタッフが北海道の良質な原材料を使って一種類の菓子を焼く姿を直接見ることができます。

これは従来のパティスリーが完成品を陳列するのとは対照的で、製造過程を含めた体験価値を提供するものでした。

企業の成長と課題

この戦略により、BAKEは成功を収め、積極的な出店を進めました。

店舗数の拡大

2014年2月にBAKE CHEESE TARTの1号店を東京・新宿にオープンして以来、店舗数を急速に拡大しました。

現在では「PRESS BUTTER SAND」44店、「BAKE CHEESE TART」16店など、7ブランド合計85店舗(2025年8月時点)を国内外に展開しています。

新型コロナウイルスによる危機

しかし2020年、新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大により、同社は創業以来の危機に直面しました。

政府による外出自粛要請の影響で、実店舗への来客数が大幅に減少しました。

それまで実店舗のみで販売していた同社は、売り上げが前年同期比で9割減という数字を記録しました。

ECサイトの立ち上げ

この危機的状況において、同社が選択したのがECサイトの立ち上げでした。

ECとは「Electronic Commerce」の略で、インターネット上で商品やサービスを販売することを指します。

プラットフォームの選択

ECサイトの構築には時間的制約があったため、同社は「Shopify」というECプラットフォームを活用しました。

Shopifyは既存のシステムを利用してECサイトを構築できるサービスで、ゼロから開発するよりも時間を短縮できます。

こうして2020年6月、「BAKE the ONLINE」というECサイトが開設されました。

ECサイトの成功

ECサイトの立ち上げは、多くの人が外出を控える状況にあって、店舗に足を運ばずに商品を購入できるという利便性が顧客に支持されました。

また、経済活動が徐々に再開された後は、企業が取引先などへの贈答用として大口購入するケースも増加し、ECサイトの売り上げは順調に成長していきました。

BAKEのアプリ

ECサイトの成功とは対照的に、スマートフォンアプリからの売り上げは期待したほど伸びませんでした。

アプリの技術的制約

この背景には、アプリ開発における技術的な制約がありました。

当時同社は、Shopifyのアプリ開発サービス「Appify」を利用していましたが、パソコン用のECサイトとアプリ用のECサイトを別々に作成し、在庫管理も別々に行わなければならない仕様でした。

これにより、商品情報の更新や在庫管理に多大な時間と手間がかかり、販売する商品を一部に限定せざるを得ませんでした。

アプリのユーザビリティ改善

さらに、既存のアプリではECサイトへの導線が分かりにくく、顧客がオンラインで購入できることを認識しにくいという問題も指摘されていました。

これらの課題を解決するため、同社は新たなアプリ開発プラットフォームとして、ヤプリが提供する「ノーコード開発プラットフォーム」を導入しました。

ヤプリのプラットフォームを導入することで、BAKEのアプリは大きく変わりました。

BAKEのアプリに変化

ノーコード開発

ノーコード開発とは、プログラミング言語を使用せずに、視覚的なインターフェースを使ってアプリケーションを開発する手法です。

この技術により、専門的なプログラミング知識を持たない担当者でも、比較的短期間でアプリの開発や運用が可能になりました。

ヤプリのプラットフォームでは、クーポン配信、ポイントカード機能、プッシュ通知、動画配信などの機能を、ドラッグアンドドロップという直感的な操作で実装できます。

ユーザーインターフェースの改善

新しいプラットフォームを活用して、同社はアプリのユーザーインターフェース改善に着手しました。

ユーザーインターフェースとは、ユーザーがアプリやウェブサイトを操作する際の画面構成や操作方法のことを指します。

具体的には、アプリのトップ画面のフッター部分(画面下部)に「オンライン購入」ボタンを明確に配置し、このボタンをタップするとアプリ内のEC画面が開くという導線を設計しました。

さらに、EC画面のヘッダー部分(画面上部)には「トップ」「サーチ」「カート」という3つのタブを設置し、商品検索機能と買い物カゴ機能の存在を直感的に理解できるようにしました。

アプリ活用の成果

改良されたアプリは2024年1月に提供開始され、その効果は劇的でした。

クーポンくじ

同社はアプリの利用を促進する「クーポンくじ」という施策を導入しました。

これは毎週金曜日にアプリ内で配信される抽選形式のサービスで、100円分の割引券として使えるクーポンが当たるというものです。

このクーポンは、BAKEの実店舗でもオンラインストアでも利用できるため、オンラインとオフラインの両方の売り上げ促進に寄与します。

指標の向上

クーポンくじの効果は数値で明確に現れました。

配信日である金曜日のアクティブユーザー数は、配信していない日の約2倍になりました。

アクティブユーザー数とは、特定の期間内にアプリを実際に起動し、何らかの操作を行ったユーザーの数を指します。

また、アプリを起動した日の翌日も再びアプリを起動する「翌日リピート率」も大幅に向上し、同じプラットフォームを利用する食品関連企業の中で上位ランクまで上昇しました。

運営体制の変化

ノーコード開発プラットフォームの導入により、同社の運営体制にも変化が生まれました。

従来は外部企業に依頼していたコンテンツ更新やユーザーインターフェース改善を、自社で実施できるようになったのです。

また、アクティブユーザー数などの重要指標を確認するための管理画面も見やすく設計されており、データに基づいた意思決定が迅速に行えるようになりました。

デジタル戦略の成果

これらの取り組みの成果として、EC化率がアプリのリニューアル前後で1.6ポイント上昇しました。

EC化率の向上

EC化率とは、企業の全売り上げに占めるECサイトでの売り上げの割合を示す重要な指標です。

現在、BAKEのEC化率は約8%に達しており、これは業界水準と比較して高い数値です。

経済産業省が2024年9月に発表した「令和5年度 電子商取引に関する市場調査」によると、BtoC(企業対消費者)分野の「食品、飲料、酒類」のEC化率は4.29%となっています。

BAKEの8%という数値は、この業界平均の約2倍に相当します。

デジタル専用ブランド

EC事業の成長に大きく寄与したのが、2023年に立ち上げられた「しろいし洋菓子店」というブランドです。

ブランドのコンセプト

このブランドは従来のBAKEのブランドとは異なり、常設の実店舗を持たず、ネット販売を中心とするデジタル専用ブランドとして設計されました。

これは、ECサイトでの成功を受けて、よりオンラインに特化したブランド展開を試みるものでした。

しろいし洋菓子店の最も特徴的な点は、「架空のパティスリー」というコンセプトを採用したことです。

このブランドでは、「マンション・インディゴ」という架空のマンションの1階にパティスリーがあるという設定でストーリーを展開しています。

イマーシブ体験の提供

マンションの住人たちが推している商品が、そのまま販売商品になるという物語性を持たせることで、単なる商品購入を超えた体験価値を提供しています。

メイン商品であるクッキー缶は、階層ごとに異なるフレーバーが登場するように設計されています。

顧客が缶を開けて食べ進めることで、新しい味が次々と現れるという体験を提供します。

これは「イマーシブ体験」と呼ばれる手法で、顧客がブランドの世界観に深く没入できるように設計されています。

イマーシブとは「没入感」を意味する言葉で、顧客が商品やサービスに深く関わり、その世界観を体感できる状態を指します。

ブランドの成果

この戦略は数値面でも成功を収めています。

しろいし洋菓子店のリピート率は75%、顧客レビューの平均評価は4.86という高い水準を達成しています。

リピート率とは、一度購入した顧客が再び購入する割合を示す指標で、顧客満足度と商品の魅力度を測る重要な数値です。

EC事業の課題と解決策

EC事業の立ち上げ過程では、様々な技術的・運営的課題に直面しました。

配送温度帯の整備

中でも重要だったのが、配送温度帯の整備です。

EC開始当初は配送の複雑化を避けるため、全ての商品を冷凍で配送していました。

しかし、手土産用商品を冷凍で配送すると、解凍に時間がかかるため贈答用としての利便性が低下するという問題がありました。

この問題を解決するため、同社は商品の特性に応じて常温、冷蔵、冷凍の配送方法を適切に使い分け、店舗と同様の状態で商品を顧客に届けられる体制を構築しました。

EC用商品開発

配送温度帯の整備と並行して、EC用の商品開発にも注力しました。

店頭で焼きたてを提供する商品をECで販売するには、配送に適した形態に変更する必要があります。

例えば、冷凍で配送し、家庭でオーブンなどで温め直すことで、焼きたてに近い状態を再現できる商品の開発に取り組みました。

商品画像の最適化

商品画像の最適化も課題でした。

実店舗では効果的だったシズル感のある商品写真が、必ずしもECサイトで売れる要因とはならなかったのです。

そこで同社は、EC専用の商品画像を制作し、商品の内容や個数が一目で分かるように改善を行いました。

転売問題への対策

人気商品特有の課題として、転売問題も発生しました。

BAKEの商品は賞味期限が短く、配送温度や保存方法に厳格な管理が必要です。

転売業者による不適切な販売を防ぐため、同社は自社管理のもとでAmazonでの販売を開始しました。

これにより、品質管理された商品を顧客に提供できるようになりました。

顧客情報の統合

事業戦略の大きな転換点となったのが、顧客情報の統合です。

マスターブランド戦略

従来のBAKEは、各ブランドが独立して運営されており、ブランド間での顧客情報の連携がありませんでした。

この問題を解決するため、同社は自社名をマスターブランドとして前面に打ち出し、その下に各専門ブランドを位置付ける戦略に転換しました。

統一会員組織の創設

この戦略転換により、アプリを起点とした統一会員組織「BAKE Membership Program」を創設しました。

これにより、顧客はどのブランドの商品を購入する際も、同じポイントサービスや会員特典を利用できるようになりました。

LINEアカウントの統合

顧客情報統合の過程では、各店舗で個別に運営していたLINEアカウントも統合しました。

以前は、同じ顧客が複数のブランドのLINE公式アカウントに登録している場合、類似した内容のメッセージを重複して受け取ることがありました。

統合により、このような不便さが解消され、顧客にとってより価値の高い情報提供が可能になりました。

ファンベースの構築

このような統合的な顧客管理により、同社は現在約100万人のファンベースを構築したとしています。

新規会員の獲得経路も多様化し、ECサイトやSNSなどオンライン起点での新会員も増加していますが、創業当初は店頭スタッフが顧客に声をかけて会員登録を促すという、オフライン中心の地道な活動が基盤となっていました。

OMO戦略の推進

現在BAKEが推進しているのは、OMO(Online Merges with Offline)戦略です。

OMOの概念

OMOとは、オンラインとオフラインの境界をなくし、顧客にとってシームレスな体験を提供する概念です。

従来のO2OやOtoOが一方向的な誘導を意味するのに対し、OMOはオンラインとオフラインが融合した統一的な顧客体験を指します。

OMOの具体例

BAKEのOMO戦略の具体例として、「BAKE the SHOP」というエディティッドストアの展開があります。

エディティッドストアとは、複数のブランドの商品を厳選して販売する店舗形態です。

これらの店舗では、BAKE CHEESE TART、PRESS BUTTER SAND、RINGOなど、同社が展開する各ブランドの商品を一箇所で体験できます。

今後の展望と教訓

今後の展望として、同社はEC化率15%の達成を目標に掲げています。

この目標達成には、既存事業の拡大に加えて、新しいブランドの立ち上げや既存ブランドのリブランド、事業領域の拡張などが計画されています。

デジタル化の成功事例

BAKEの事例は、従来の店舗中心型ビジネスモデルから、デジタル技術を活用したハイブリッドモデルへの転換が、どのように実現可能であるかを示しています。

コロナ禍という外部環境の変化をきっかけとしつつも、顧客体験の向上を最優先に置いた戦略的な取り組みにより、危機を成長の機会に転換することに成功しました。

他企業への示唆

特に、単にデジタル技術を導入するだけでなく、ブランド戦略、商品開発、配送システム、顧客管理などを統合的に見直し、一貫した顧客体験を提供している点が重要です。

また、ノーコード開発プラットフォームの活用により、技術的な専門知識に依存することなく、迅速かつ柔軟な改善サイクルを実現している点も、他業界の企業にとって参考になる取り組みです。

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