自宅でお菓子を販売するには?|菓子製造許可の基本をわかりやすく解説

趣味で始めたお菓子作りが高じて、「自分が作ったお菓子を誰かに買ってほしい」「ネットショップで販売してみたい」と考える人は多くいます。しかし、自宅で手作りしたお菓子を販売するには、単に美味しいお菓子を作る技術だけではなく、法律に基づく「許可」が必要です。
この記事では、自宅でお菓子を販売する際に必要となる「菓子製造業許可」について、なぜこの許可が必要なのかという基礎知識から、許可取得の具体的な条件や方法、さらに知っておくべき注意点までを、順を追って解説します。
自宅でお菓子を販売するには「菓子製造業許可」が必要
まず理解しておきたいのは、自宅のキッチンで作ったお菓子を販売する場合、原則として「菓子製造業許可」が必要になるという点です。これは、食品を扱う事業を行う上で、消費者の健康と安全を守るために国が定めたルールです。
この許可は、各都道府県の保健所が発行するもので、食品衛生法に基づいています。販売先がフリマアプリやハンドメイドサイト、イベント出店、ネット通販など、販売チャネルの種類に関わらず、製造を行う場所に許可がなければ法律違反となります。
「趣味」と「営業」の線引き
自宅で作ったお菓子を友人や知人に無償で譲る行為は問題ありません。しかし、「趣味で作ったお菓子を売る」という行為は、販売する瞬間に営業とみなされます。食品衛生法における営業とは、「不特定多数の者に食品を提供し、継続性・反復性がある行為」と定義されており、販売による利益の大小は関係ありません。たとえわずかな利益であっても、対価を得て販売する場合は、製造場所が公衆衛生上安全であるという証明として、「菓子製造業許可」の取得が必須となるのです。
菓子製造業許可を取るための条件
| 条件内容 | 具体的な要件と解説 |
| 専用の製造室 | 生活空間(リビング、寝室など)と完全に区切られた専用の作業スペースが必要です。壁、扉、床、天井といった構造物が、製造室と他の部屋を分離していることが求められます。 |
| 手洗い設備 | 調理器具を洗うための調理用シンクとは別に、作業者が使用するための専用の手洗い場を設置する必要があります。石鹸や消毒液を備え付けられる構造が求められます。 |
| 換気・照明 | 異臭や蒸気が滞留しないよう十分な換気能力と、作業に支障がない適切な明るさ(一般的に特定のルクス数)を確保する照明設備が必要です。 |
| 冷蔵・保存設備 | 原材料、製造途中のもの、完成品を、種類や温度帯に応じて適切に保管できる冷蔵庫や棚が必要です。家庭用の冷蔵庫とは別に製造専用のものを用意する場合が多いです。 |
| 清掃・防虫対策 | 床や壁は清掃しやすい防水性・耐久性のある素材であることが望ましいです。また、虫やネズミなどが入らないよう、窓や扉に網戸や隙間対策を施す必要があります。 |
菓子製造業許可を取得するためには、製造施設が法律や条例で定められた厳格な衛生基準を満たしている必要があります。特に、製造場所と日常生活を送る空間を明確に区切ることが求められます。
家庭のキッチンでは許可が下りない構造上の理由
許可を取得するには、上記のような条件を満たして、製造場所が法律で定められた衛生基準を満たしている必要があります。自宅の台所をそのまま使うことが認められないケースがほとんどであるのは、主に「生活空間との分離」と「専用設備」の基準を満たせないためです。一般的な家庭のキッチンでは、構造上、リビングと繋がっていたり、調理用シンクが一つしかなかったりするため、保健所から許可が下りません。許可を得るには、大掛かりな改修が必要となることが多いです。
自宅で菓子製造許可を取るための3つの方法
自宅のキッチンをそのまま使えないとなると、「どうすれば許可を得て販売できるのか」という疑問が生じます。菓子製造業許可を取得し、あるいはその施設を利用してお菓子を販売するための方法は、主に以下の3つが考えられます。
1. 自宅の一部を改装する
もっとも直接的な方法は、自宅の一部を改装して「専用の製造室」を作ることです。これは、自宅にいながら製造と販売を行う、最も理想的な形の一つと言えます。
具体的には、既存のキッチンを間仕切り壁や専用のドアで家庭用と製造用とに完全に分離したり、物置や使っていない部屋を製造室としてリフォームしたりします。特に求められるのは、シンクの分離(調理用と手洗い用)と作業台の衛生確保です。改装費用は数十万円から100万円以上かかることもあり、また、構造上できない住宅や賃貸物件では難しいという制約があります。しかし、一度許可を取得すれば、自身の事業拠点として継続的に利用できる点が最大のメリットです。
2. シェアキッチンを利用する
初期投資や改装の手間をかけずに販売を始めたい場合に、有効な方法がシェアキッチン(レンタルキッチン)の利用です。
最近は、すでに菓子製造業許可を取得済みのシェアキッチンを、時間単位や日単位で借りるサービスが増えています。製造する人が自分で許可を持っていなくても、許可を持つ施設を利用することで、法的にお菓子を製造し、販売することが可能になります。利用料金は1時間1,000〜2,000円ほどで、大規模な初期投資を避けられるため、開業前のテスト販売や小規模な事業を始める人に適しています。利用例としては、「キッチハイク」「タベルテラス」といったサービスがあり、事前に予約して利用します。
3. 委託製造を行う
「自分で作る」というこだわりが薄く、「ブランド」や「販売」に集中したい場合に選択される方法です。
これは、自宅で作らず、お菓子の製造を専門業者(OEM業者など)に委託し、自分は商品の企画や販売だけを行う方法です。この場合、自分の家に製造許可は不要です。製造は委託先の許可施設で行われるため、販売者は、商品の製造元として委託先の許可情報(製造所の所在地や名称)を商品に明示する必要があります。「ブランドを立ち上げたいけど、自宅では製造許可の取得が難しい」という人に向いており、品質の安定や大量生産への対応がしやすいという利点もあります。
許可を取らずに販売した場合のリスク
「少量だからバレないだろう」「ネットだけの販売だから大丈夫だろう」と考えて無許可で販売することは、非常に大きなリスクを伴います。
食品衛生法違反による法的・社会的制裁
無許可で製造・販売してしまうと、食品衛生法違反となり、行政による営業停止や、罰金などの罰則の対象になります。とくに食品は人の健康に直結するため、行政(保健所)は非常に厳しく対応します。
無許可での製造・販売は、保健所による定期的な指導やパトロールの他、消費者からの「異物混入があった」「食中毒になった」といった通報によって発覚することがあります。最近では、SNSやネット通販経由の販売であっても、販売情報から製造場所が特定されるケースも珍しくありません。一度発覚すれば、営業停止だけでなく、社会的信用の失墜や、立ち上げたブランド価値の崩壊という、深刻な結果を招くことになります。一方で、正しく許可を取っておけば、その製造場所が衛生基準を満たしていることの証明となり、消費者にも安心して購入してもらえる信頼性の高いブランドを築く第一歩となります。
菓子製造許可の取得手順
| 手続きの流れ | 内容と補足事項 |
| 1. 保健所へ相談 | 最も重要で最初に行うべきステップです。 工事着工前または施設の設計段階で、自宅の所在地を管轄する保健所の食品衛生担当課に相談します。これにより、地域の条例や指導内容を確認し、無駄な工事を防ぐことができます。 |
| 2. 図面・設備確認 | 製造施設の平面図、設備の配置図、給排水系統図などを持参し、保健所に構造が基準を満たしているか確認してもらいます。この段階で改善点が指摘されることがあります。 |
| 3. 申請書提出 | 工事が完了し、全ての設備が整った段階で、所定の申請書と必要書類を提出します。(申請料は自治体により異なり、1〜2万円程度が目安です。) |
| 4. 現地検査 | 保健所職員が実際に現場に立ち入り、図面通りに設備が整っているか、手洗い設備の設置状況、衛生管理体制などが基準を満たしているかを詳細に確認します。指摘事項があれば改善が必要です。 |
| 5. 許可証交付 | 現地検査で問題がなければ、数日後に「菓子製造業許可証」が交付され、営業開始が可能となります。 |
実際に許可を取得するには、計画的な準備と保健所との綿密な連携が必要です。
申請から許可までは、通常、書類提出後から1〜2週間程度が目安です。ただし、改装工事が必要な場合は、設計・工事期間が別途必要となります。また、現地検査で指摘を受けた場合、再検査になるため、さらに時間がかかることもあります。そのため、事業開始の予定がある場合は、余裕をもって半年前から保健所への相談を始めることが推奨されます。
自宅での販売に関する注意点
菓子製造業許可を取得できたとしても、それだけで自由に販売できるわけではありません。食品を販売する事業者として、別の法律に基づく規制や、販売場所ごとのルールを守る必要があります。
ネット販売の場合の許可
ネットショップやSNSで菓子を販売する場合、製造許可とは別に、消費者保護の観点から満たすべき複数の法的義務が発生します。
特定商取引法への対応
- 氏名または名称: 事業者個人の氏名、または法人の名称。
- 住所・電話番号: 連絡が取れる住所と電話番号。
- 販売価格・送料: 商品価格と、別途かかる送料や手数料。
- 代金の支払い時期・方法: 代金の支払い方法(クレジットカード、振込など)と、その期限。
- 商品の引渡時期: 注文を受けてから発送までの期間。
- 返品・交換に関する特約: 返品・交換の条件(例:食品のため原則不可とする場合、その旨を明記)。
ネット通販(特定商取引法における通信販売)を行う事業者は、消費者に対する透明性の確保を目的として、以下の情報をウェブサイトや販売ページ上の見やすい場所に正確に記載する必要があります。
食品表示法への対応
- 名称: 例:「焼き菓子」「クッキー」など。
- 原材料名: 使用したすべての原材料を、添加物と分けて重量順に記載。
- 内容量: 個数またはグラム数。
- 賞味期限(または消費期限): 適切な保存方法で品質が保たれる期限。
- 保存方法: 例:「直射日光を避け、冷暗所で保存」など。
- 製造者または販売者の名称および所在地: 責任の所在を明確にするための情報(許可を受けた製造所の情報であることが必須)。
- アレルゲン情報: 義務付けられた特定原材料(卵、乳、小麦、落花生、えび、かに、くるみ)を含む、アレルギーを引き起こす可能性のある物質の表示。
食品を販売する事業者は、消費者に安全で正確な情報を提供するため、販売する商品に食品表示法に従ったラベルを貼付する義務があります。このラベルに記載すべき主な項目は以下の通りです。
イベント出店の場合の許可
マルシェやフリーマーケットなどのイベントで販売する場合も、許可に関する追加の注意が必要です。
マルシェやフリーマーケットで販売するお菓子は、必ず菓子製造業許可を取得した施設で製造されたもののみが対象です。会場で生のクリームを塗る、餡を詰める、再加熱や盛り付けを行うといった簡易な加工を超える行為を行う場合、その会場の設備や行為に応じて、別途「飲食店営業許可」など、別の許可が必要になることがあります。イベント主催者や出店地の保健所に、販売形態を事前に相談することが必須です。
まとめ
自宅でお菓子を販売するためには、消費者の安全を守るための大原則として「菓子製造業許可」が欠かせません。一般的な家庭のキッチンをそのまま使うことは難しく、多くの場合、大規模な改装が必要になります。
しかし、初期投資を抑えたい場合は、シェアキッチンを利用する、あるいは製造を専門業者に委託するといった多様な選択肢も存在します。
正しい手順で許可を取得し、食品衛生法や食品表示法などの法律を守って販売することが、長く信頼されるお菓子ブランドを築く第一歩です。「安心して食べてもらえる手作りお菓子」を届けるために、まずは自宅の所在地を管轄する保健所への相談から始めてみましょう。





