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はちみつの歴史|古代エジプト時代の甘味料

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目次

はちみつは動物性の甘味料

私たちが普段使う甘味料には、砂糖やシロップなど数多くの種類がありますが、その中でもはちみつは、特別な位置づけにある自然由来の甘味料です。

はちみつは、ミツバチが花の蜜を吸い集め、それを自分たちの巣に持ち帰ることから始まります。巣の中でミツバチたちは、体内の酵素を加えて蜜を加工し、さらに水分をじっくりと蒸発させるという根気のいる作業を繰り返します。このように、人工的な手を加えることなく、ミツバチという生き物の働きと自然のサイクルの中で生まれるのがはちみつです。

そのため、はちみつは植物から直接採れる甘味料とは異なり、ミツバチという動物の活動によって作られることから、動物性甘味料のひとつとされています。はちみつは、単なる甘味料としてだけでなく、自然と動物が生み出す命の恵みとして、古くから人類に重宝されてきたのです。

人類とはちみつの長い歴史

はちみつと人類の関係は非常に古く、人類がまだ農耕を始める前の、狩猟採集の時代から利用されていたと考えられています。その歴史は、数千年以上前にまでさかのぼります。

その証拠の一つとして、スペインにあるアラニア洞窟で発見された壁画が挙げられます。この壁画には、約8000年前のものとされる、はちみつを採集している人物の姿が鮮明に描かれています。これは、人間が天然の甘味料としてはちみつを利用していた、現存する最古の証拠の一つとして知られています。こうした歴史的な背景から、はちみつは「人類最古級の天然甘味料」として、その貴重さが認識されています。

古代エジプトにおける「はちみつ」

古代エジプトにおいて、はちみつは現代の私たちが考える以上に貴重で、そして神聖な存在でした。単なる食料品としてだけではなく、多岐にわたる重要な役割を担っていたのです。

食料以上の価値を持っていた

古代エジプトでは、はちみつは甘味料として使われることはもちろんありましたが、それ以上に多岐にわたる用途で活用されていました。例えば、神々への捧げ物として神殿に供えられたり、病気の治療に用いられる医薬品として重宝されたりしました。さらに、驚くべきことに、はちみつの持つ強い抗菌作用を利用して、防腐剤として使われたり、死者を保存するミイラの作成にも利用されたと考えられています。このように、はちみつは宗教的な儀式や、死後の世界に対する信仰とも深く結びつき、自然の恵みでありながらも、王権や神聖性とも密接に関わっていたのです。

ミツバチは王権の象徴だった

紀元前3500年ごろの古代エジプトでは、ミツバチそのものが下エジプトの王権を象徴する動物として扱われていました。これは、ミツバチが巣の中で見せる秩序だった行動、蜜を集める勤勉さ、そして群れで協力し合う姿が、国家の秩序や繁栄、そして豊穣を連想させたためだと考えられています。そのため、ミツバチの意匠(デザイン)は、王の権威や統治力を表すシンボルとして、公式文書や石碑、神殿の壁などにも頻繁に登場しました。

ファラオの称号に「蜂」が登場

古代エジプトのファラオ(王)が用いる正式な称号には、「葦と蜂に属する者(He of the Sedge and the Bee)」という非常に特徴的な表現が含まれていました。この称号は、上エジプトの象徴である「葦(ナイル川上流域に生えるさとうきび状の植物)」と、下エジプトの象徴である「蜂」を組み合わせたものです。これにより、ファラオが分かれていた上エジプトと下エジプトの両方を支配する統一された王であることを示していました。このような、王の最も重要な称号の中にまで「蜂」が登場することからも、ミツバチとその産物であるはちみつが、古代エジプトにおいて単なる甘味料以上の、王権や国家の象徴と深く関わる存在であったことが明確にうかがえます。

ツタンカーメン王の墓から発見された「はちみつ」

現代の考古学調査によって、古代エジプトの王墓からはちみつの入った壺が発掘される例が報告されています。その中でも特に有名なのが、1922年にイギリス人考古学者ハワード・カーター氏によって発見されたツタンカーメン王の墓です。

この墓には、若くして亡くなった王のために、来世で必要とされるであろうさまざまな食料や日用品が副葬品として納められていました。その膨大な副葬品の中に、はちみつが入った壺が多数見つかっています。これは、古代エジプト人がはちみつをいかに貴重な食料、あるいは保存食として認識していたかを示す、確かな証拠と言えるでしょう。

ただし、「ツタンカーメンの墓から発見されたはちみつを実際に味見したところ、食べられた」という話が世間で語られることがありますが、これには学術的な裏付けが乏しいのが現状です。信頼性の高い考古学の文献では、「はちみつが壺の中で非常に良好な状態で保存されていた」と記録されているものの、「実際に考古学者が食べた」「食べられた」とまでは明確に記されていません。これは伝説的な逸話として語られている可能性が高いと考えられますが、それほどはちみつの保存性が驚くべきものである、という認識が広まっている証拠とも言えます。

はちみつはなぜ腐らなかったのか?

古代エジプトのツタンカーメン王の墓から、約3000年前のはちみつが発見され、しかもそれが現在も食べられる状態であったという事実が本当だとすれば、かなり驚きです。この驚くべき長期保存能力があながち嘘ではないようにも思えるのには、はちみつが持つ特別な4つの性質が深く関わっています。

1. 糖度が高い

はちみつの成分の約80%は糖分(主にブドウ糖と果糖)でできています。これは非常に高い濃度であり、ジャムやシロップ以上の糖度を持っています。この高糖度は、「浸透圧(しんとうあつ)」という特別な働きを生み出します。

浸透圧とは、水分の濃度の低い方から高い方へ水が移動する力のことです。はちみつの中に細菌やカビといった微生物が入ってくると、はちみつ内部の高い糖度によって微生物の体内の水分が外に吸い出されてしまいます。微生物は水がなければ生きていくことができません。つまり、はちみつの中では細菌やカビが増殖することが極めて難しい環境になるのです。

この現象は「低水分活性(aw値)」と呼ばれます。食品中に微生物が利用できる自由な水がほとんどない状態を意味します。一般的に、水分活性が0.6以下の食品では、ほとんどの微生物が増殖できないとされていますが、はちみつの水分活性は約0.5未満と非常に低く、これが食品の長期保存において非常に有利な条件となっているのです。

2. 水分量が少ない

多くの食品が水分を50%以上含んでいるのに対し、はちみつの水分量はわずか**約17%から20%**しかありません。この水分量の少なさが、はちみつの驚異的な保存性を支える重要な要素の一つです。

水分が少ないということは、微生物が繁殖するために必要な「水の供給源」がほとんど存在しないことを意味します。カビも細菌も、増殖するためにはある程度の水分が不可欠なため、このような乾燥した環境では活動が極めて困難になります。

ただし、注意すべき点もあります。はちみつは空気中の湿気を吸いやすい性質があるため、保存容器の蓋が開いたままであったり、湿度の高い場所に置かれたりすると、空気中の水分を吸ってしまい、水分量が増加して保存性が低下する場合があります。そのため、はちみつを保存する際には、必ず密閉して湿気を防ぐことが非常に重要です。

3. 弱酸性である

はちみつのpH値(酸性度を示す指標)は約3.5から4.5の範囲にあり、これは弱酸性に分類されます。多くの微生物、特に病原菌は、中性(pH7前後)に近い環境で最も活発に活動します。しかし、環境が酸性になると、これらの微生物の活動が鈍くなったり、最終的には死滅したりすることが知られています。

そのため、弱酸性であるはちみつの中では、有害な細菌やカビが増殖することが非常に困難になります。また、この酸性はレモンやお酢のように強い刺激があるわけではないので、私たちが食べても全く問題がなく、むしろ体には優しいと言われることもあります。

4. 抗菌物質を作り出していた

はちみつが作られる過程で、ミツバチは単に蜜を集めるだけでなく、その保存性を高めるための特別な働きをします。ミツバチが花の蜜を巣に持ち帰ると、それを口移しで仲間と渡し合いながら、体内の酵素である「グルコースオキシダーゼ」を加えます。

この酵素が糖分と反応する際、ごく微量ながら「過酸化水素(H₂O₂)」が生成されます。過酸化水素は、私たちが消毒液として使うオキシドールにも含まれる成分で、その殺菌・抗菌作用は科学的にも確認されています。この過酸化水素は、はちみつ全体から見れば非常に微量ではありますが、長期にわたって微生物の発生を防ぐ役割を果たし、はちみつの安全性と驚くべき保存性を高めているのです。

「はちみつ」は古代の非常食だった?

はちみつが持つ、上記のような天然の優れた保存力は、冷蔵技術が全くなかった古代社会において、まさに奇跡のような存在でした。長期保存が可能な甘味料であり、かつ栄養価も高かったはちみつは、きわめて重要な食料資源として重宝されていたと考えられます。

実際に、古代エジプトの王族が来世のために必要とする副葬品として、はちみつが墓に納められていたことからも、その計り知れない価値がうかがえます。はちみつは、単なる甘味料を超え、古代の人々にとって命をつなぐための貴重な保存食、あるいは非常食としての役割も果たしていたのでしょう。

現代でも非常食として注目される「はちみつ」

古代からその保存性が高く評価されてきたはちみつは、現代においてもその特性が見直されています。その高い保存性と、手軽にエネルギーを補給できる栄養価の高さから、はちみつは現代でも非常食救急用のエネルギー補給源として注目されています。

適切な環境、つまり密閉して低湿度を保ち、直射日光を避けて保存すれば、はちみつは腐ることなく長期間使用できるため、防災グッズの一つとして常備する人が増えています。災害時や緊急時に、手軽に糖分とエネルギーを補給できるはちみつは、私たち現代人にとっても、依然として非常に価値のある食品なのです。

まとめ

はちみつは、単なる甘味料ではなく、ミツバチという動物の営みと自然の恩恵が凝縮された奇跡の食品です。数千年前から人類の歴史と共にあり、古代エジプトでは神聖な存在として、また貴重な保存食として重宝されてきました。その驚くべき長期保存能力は、高い糖度、少ない水分量、弱酸性、そしてミツバチが生み出す抗菌物質という四つの特別な性質によって支えられています。冷蔵技術がなかった時代から、そして現代の非常時においても、はちみつは変わらず人々の生活を支える大切な資源であり続けています。その深い歴史と科学的な特性を知ることで、私たちはこの小さな一滴の甘みに、さらなる価値と魅力を感じられることでしょう。

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