2025年以降の個人経営ベーカリー市場|生き残るための課題と戦略

調査概要
株式会社富士経済は2025年10月10日、国内のパン・スイーツ市場に関する包括的な調査結果を「パン&スイーツ市場の全貌・課題分析 2025」として発表しました。本記事は、この調査結果の中から個人経営のベーカリーに関する情報を抽出し、その課題と生き残りのための戦略について分析したものです。パン市場全体が成長を続ける中で、個人経営のベーカリーは減少傾向にあり、その背景には構造的な問題が横たわっています。
個人経営ベーカリー市場の動向
2024年のパン市場は前年比3.2%増という堅調な成長を記録しましたが、その恩恵を受けているのは主に量販店インストアベーカリーや大手チェーンです。
対して個人経営のベーカリーは減少傾向が続いています。個人店は市場の成長とは裏腹に、厳しい状況に置かれているのです。
この減少は単なる一時的な現象ではありません。長年にわたって地域に根ざし、多くの人に愛されてきた個人ベーカリーが次々と閉店していく様子は、パン市場の構造変化を象徴しています。
ある店は経営者の高齢化により、ある店は経営難により、そしてある店は後継者が見つからないために、その歴史に幕を下ろしているのです。
個人経営ベーカリーの減少の原因
個人経営のベーカリーが減少している背景には、複数の要因が複雑に絡み合っています。これらの要因は個別に存在するのではなく、相互に影響を及ぼしながら、個人店の経営を圧迫しているのです。
価格競争力の格差
原料価格の高騰により、個人店と大手チェーンの価格競争力の差が拡大しています。小麦粉やバターといった主要原料の価格が上昇する中で、少量仕入れしかできない個人店は仕入れコストの上昇を直接的に受けてしまいます。
大量仕入れによる単価の差
大手チェーンや量販店インストアベーカリーは、大量仕入れによってコストを削減できます。たとえば、小麦粉を数トン単位で仕入れる大手チェーンと、数十キロ単位で仕入れる個人店では、1キロあたりの単価に大きな開きが生じます。この差は小麦粉だけでなく、バター、砂糖、卵といったあらゆる原料に及びます。原料費がパンの製造コストの大半を占める以上、この差は商品価格に直結せざるを得ません。
価格設定のジレンマ
個人店にとって、この状況は厳しいジレンマを生み出しています。価格を上げれば顧客が離れていくリスクがあり、価格を据え置けば利益が圧迫されます。顧客の価格志向が強まる中で、個人店は板挟みの状態に陥っているのです。仕入れコストが上がっても、同じ価格で販売し続けなければ顧客を失う恐れがある一方で、価格を上げれば「近くの量販店の方が安い」と比較されてしまいます。
後継者不足
価格競争力の問題に加えて、経営者の高齢化と後継者不足という構造的な問題も個人店の減少を加速させています。
重労働という現実
パン製造は早朝からの作業が必要で、体力的にも負担の大きい仕事です。多くの個人ベーカリーでは、朝4時や5時から仕込みを始め、開店前に商品を並べる準備をします。この生活リズムを何十年も続けることは、年齢を重ねるごとに困難になっていきます。
収益性の低下と人材確保の困難
収益性が低下する中で、後継者が見つからないという問題は深刻化しています。子どもに店を継がせたいと考えても、朝早くから夜遅くまで働き、それでいて得られる収入が限られているという現実を前に、子どもたちは別の道を選ぶことが多いのです。また、従業員から後継者を育てるにしても、給与水準を上げられない状況では、優秀な人材を確保し続けることは困難です。
地域コミュニティへの影響
個人経営のベーカリーが閉店していくというのは、長年親しまれてきた店の味や、店主と顧客の関係性といった、大手チェーンでは代替できない価値が失われていくことを意味します。地域に根ざした個人ベーカリーは、単なる商品の販売場所ではなく、地域コミュニティの一部として機能してきました。常連客の好みを覚えていて、「いつもの」と言えば欲しい商品が出てくるような関係性は、個人店ならではのものです。そうした店が消えていくことは、地域の文化的な損失でもあるのです。
個人店が生き残るための戦略
厳しい状況にある個人経営のベーカリーですが、すべての店が減少の一途を辿っているわけではありません。独自の戦略で生き残りを図り、成功している店舗も存在します。これらの成功事例に共通するのは、価格競争を避け、独自性や専門性で勝負しているという点が挙げられます。
特産商品の開発
地域の食材を使った独自商品の開発は、個人店が差別化を図る有効な手段です。
地域食材の活用
地元で採れた野菜、その土地で親しまれている調味料、地域特有の食材を使うことで、「ここでしか買えない」という価値を生み出せます。たとえば、地域で採れた季節の野菜を使った惣菜パンは、その時期にしか味わえない特別感があります。春には地元産のアスパラガスを使ったパン、夏には地元のトマトをふんだんに使ったパン、秋には地域の栗を練り込んだパンといった具合です。こうした商品は、単に地元食材を使っているというだけでなく、季節の移ろいを感じさせてくれる楽しみも提供します。
地域の味付けの継承
地域の伝統的な味付けを取り入れることも効果的です。その土地で昔から親しまれている味噌や醤油を使うことで、地域の人々にとって懐かしく、親しみやすい味わいを実現できます。こうした商品は、地域外から訪れる人にとっては「地域の味」を体験できる機会となり、観光客への訴求力も持ちます。
大手との競合回避
地域限定商品の開発には、もう一つの利点があります。それは、大手チェーンとの直接的な競合を避けられることです。全国展開するチェーンは、どの地域でも同じ商品を提供することで効率性を高めています。対して個人店は、小回りが利く強みを活かし、その地域だけの特別な商品を提供できるのです。
カテゴリー特化
特定の商品カテゴリーに特化することも、個人店の生き残り戦略として注目されています。
専門店としてのブランド確立
すべての種類のパンを揃えようとするのではなく、一つの分野で突き抜けた専門性を追求するのです。高品質な食パン専門店は、この戦略の成功例です。食パンという単一商品に絞り込むことで、原料の選定から製法まで、徹底的にこだわることができます。小麦粉の種類、水の質、発酵時間、焼き加減など、細部まで追求することで、他では味わえない食パンを生み出せるのです。
食パン以外でも、クロワッサン専門店、ベーグル専門店、惣菜パン専門店など、様々な特化型の店舗が登場しています。特定のカテゴリーに絞ることで、その分野での専門家としてのブランドを確立できます。顧客は「この店のクロワッサンなら間違いない」という信頼を持ち、多少遠くても足を運んでくれるようになるのです。
運営効率の向上
カテゴリー特化のもう一つの利点は、在庫管理やオペレーションが効率化されることです。多品種を扱うと、それぞれの原料管理や製造工程の切り替えに手間がかかります。商品を絞り込むことで、より効率的な運営が可能になり、限られた人員でも高品質な商品を提供し続けられるのです。
オンライン販売の活用
近年、オンライン販売を活用する個人ベーカリーが増えています。
商圏の拡大
実店舗だけでは地理的に限られた範囲の顧客にしか届けられませんが、オンライン販売により全国の顧客に商品を届けられるようになります。オンライン販売は、特に日持ちする商品や、冷凍配送が可能な商品との相性が良いです。食パンやフィリング入りの菓子パンなど、冷凍しても品質が保たれる商品は、オンライン販売に適しています。顧客は自宅で解凍するだけで、焼きたてに近い状態のパンを楽しめます。
SNSによる情報発信
SNSを活用した情報発信も、オンライン販売を支える重要な要素です。InstagramやTwitterで商品の写真や製造過程を紹介することで、店の雰囲気や商品のこだわりを伝えられます。こうした情報発信により、実際に店舗を訪れたことがない人にも、店のファンになってもらえる可能性が生まれます。オンラインで知って興味を持った人が、旅行や出張で近くを訪れた際に実店舗に立ち寄るという流れも生まれています。
売上の安定化
オンライン販売のもう一つの利点は、売上の波を平準化できることです。実店舗の売上は曜日や天候に大きく左右されますが、オンライン販売は比較的安定した需要が見込めます。雨の日で来店客が少ない時でも、オンラインでの注文があれば生産を続けられます。これは在庫ロスの削減にもつながります。
個人店が生き残るためのポイント
これらの戦略に共通する、個人店が生き残るための本質的なポイントがあります。それは、大手チェーンとは異なる土俵で勝負することです。
価格競争を避ける
個人店が大手チェーンと真正面から価格競争をすることは、勝ち目のない戦いです。
丁寧な説明による理解促進
規模の経済が働く大手に対して、個人店が価格で対抗することは不可能に近いのです。したがって、個人店は価格以外の要素で顧客を引きつける必要があります。価格競争を避けるということは、決して高額な商品を売りつけるということではありません。顧客が納得できる価値を提供した上で、適正な価格を設定するということです。少し高くても、「この店のパンなら払う価値がある」と思ってもらえるような商品とサービスを提供することが重要なのです。
たとえば、原料にこだわった商品であれば、その原料がどこから来たのか、なぜその原料を選んだのかを丁寧に説明することで、価格への納得感を高められます。「国産小麦を100%使用しています」というだけでなく、「○○県産の○○という品種の小麦を使用しており、この小麦は風味が豊かで、もっちりとした食感が特徴です」と具体的に伝えることで、顧客は価格に見合った価値を理解できます。
独自性や専門性で勝負する
個人店の強みは、大手チェーンにはできないことをできる点にあります。
自店の強みの明確化
地域に根ざした商品開発、特定カテゴリーへの徹底したこだわり、店主の個性が反映された商品など、個人店ならではの価値を明確にすることが重要です。独自性を打ち出すには、自分の店の強みを正確に理解する必要があります。「何が他の店と違うのか」「なぜ顧客はうちの店を選んでくれるのか」を深く考え、その答えを商品やサービスに反映させることです。それは製法かもしれませんし、接客かもしれませんし、立地や雰囲気かもしれません。自店の強みを見極め、それを磨き上げることが、生き残りの鍵となります。
専門性の追求
専門性の追求も重要です。「この分野なら誰にも負けない」という領域を持つことで、顧客からの信頼を獲得できます。専門性は一朝一夕には築けません。長年の経験と、絶え間ない研究、そして品質への妥協なき追求が必要です。しかし、一度確立された専門性は、簡単には模倣されない強固な競争優位性となります。
顧客との関係性
さらに、顧客との関係性も個人店の大きな強みです。常連客の顔と名前を覚え、好みを把握し、時には世間話を交わすような関係性は、大手チェーンでは実現できません。こうした人と人とのつながりは、単なる商取引を超えた価値を持ちます。顧客は商品を買いに来るだけでなく、店主や店員との会話を楽しみに来るのです。この関係性こそが、個人店の最大の財産と言えるでしょう。
まとめ
個人経営のベーカリーは、価格競争力の格差と後継者不足という二重の課題に直面し、減少傾向が続いています。原料価格の高騰により、大手チェーンとの価格差は拡大し、経営環境は厳しさを増しています。また、パン製造の重労働と収益性の低下により、後継者を見つけることが困難になっています。
しかし、すべての個人店が衰退しているわけではありません。地域の食材を使った特産商品の開発、特定カテゴリーへの特化、オンライン販売の活用といった戦略により、独自の地位を確立している店舗も存在します。これらの成功事例に共通するのは、価格競争を避け、独自性や専門性で勝負しているという点です。
個人ベーカリーが生き残るためには、大手チェーンとは異なる土俵で勝負することが不可欠です。「ここでしか買えない」「この店だからこそ」という価値を明確にし、それを磨き上げることで、価格以外の要素で顧客を引きつけることができます。個人店ならではの強みを活かし、地域に根ざした独自の価値を提供し続けることが、厳しい市場環境の中で生き残る道なのです。





