私たちが今日親しんでいるラスクは、かつてパン屋さんの「もったいない精神」から生まれた副産物でした。しかし、その概念を覆し、一大市場を築き上げた二つの企業の存在が、現在の日本独自のラスク文化を形作っています。
ラスクとは
ラスクは、パンやスポンジケーキなどを薄くスライスし、バターや砂糖を塗ってから再び焼き上げることで作られる焼き菓子です。
二度焼きすることで水分が抜け、サクサクとした軽い食感と香ばしさが生まれ、保存性も高まります。
もともとは余ったパンを無駄なく活用するための工夫から生まれたとされ、現在ではチョコレートやナッツを加えたアレンジも豊富で、贈り物やおやつとして親しまれています。
ラスクの名前の由来
「ラスク(rusk)」という言葉は英語に由来し、その語源はラテン語の biscotus(二度焼いた)にさかのぼります。
また、スペイン語やポルトガル語の「rosca(ねじれたパン)」が語源の一説ともされており、16世紀ごろに英語に取り入れられたと考えられています。
ドイツでは「Zwieback(ツウィーベック)」と呼ばれ、こちらも「二度焼きパン」という意味を持ちます。
ラスクが誕生した理由
ラスクは本来、時間が経って硬くなってしまったパンやスポンジケーキを無駄にしないための工夫から生まれました。これは、食品を大切にする「もったいない精神」の産物といえます。
硬くなったパンの表面に砂糖を混ぜたものを塗り、オーブンで乾燥させながら焼き上げるシンプルな製法で、メインの商品ではなく、あくまで「二次利用」から生まれた副産物でした。
フランスパンのラスクが典型
この二次利用の典型例が、フランスパンを使ったラスクです。
バゲットと呼ばれるフランスパンは、焼きたては美味しいものの、一日経つとすぐに硬くなり、そのままでは商品として売れなくなってしまいます。
そこでパン屋は、硬くなったフランスパンを薄くスライスし、砂糖などを塗って焼き直すことで、新たな商品として再生させました。
こうして作られたラスクは袋詰めされ、元のパンよりも安価で販売されていました。
ラスクがメイン商品として扱われたきっかけ
この「余り物」というラスクの常識を覆す発想を持った会社が現れました。それが山形にあるパンとお菓子を扱う「シベール」です。
シベールは、山形県に本社を置くパン・洋菓子製造販売会社です。古くから地域に根差し、様々なパンやお菓子を提供してきましたが、ラスク事業によって全国的な知名度を獲得しました。
ラスク専用パンを開発
シベールの経営陣は、ラスクの人気に着目し、ある時こう考えました。
「ラスクがこれほど人気なら、最初から硬くなったパンを利用するのではなく、ラスクを作ることを目的としてパンから作ってみてはどうか」。
しかし、この発想を実現するには大きな課題がありました。
ラスク専用パンが必要な理由
フランスパンは断面に大小さまざまな穴が不規則に開いています。
これは美味しさの秘密でもあるのですが、均一な商品性が求められるラスクにとっては問題でした。
切る場所によって穴の大きさや数が異なり、見た目や食感にばらつきが生じてしまうためです。
ラスク専用パンの完成と成功
そこでシベールの技術者たちは、長期間にわたる研究と試行錯誤を重ねました。
どこを切っても均一な状態になるよう、パンの配合や製法を改良し、理想的なラスク専用のフランスパンを開発しました。
こうして誕生した専用ラスクは、従来の「余り物利用」というイメージを完全に払拭し、一つの独立した商品として市場に送り出されました。
この革新的な取り組みは大きな成功を収め、シベールは2005年にジャスダック市場への株式上場を果たしました。
シベールが生み出したラスクブーム
ラスクブームの始まりを正確に特定するのは難しいですが、シベールがラスクを本格的な商品として世に送り出した2000年頃が、その後のブームの源流となったと考えられています。
シベールが切り開いたラスク市場は全国的な広がりを見せ、「シベールのラスク」の名前は日本全国で知られるようになり、2008年には売上のピークを迎えました。
しかし、成功した商品には多くの追随者が現れるもので、多数の企業がラスク市場に参入し、競争が激化する中で、市場の主導権は次第に別の会社へと移っていくことになります。
ラスクのギフト商品として扱われたきっかけ
シベールが確立したラスク市場をさらに発展させ、新たな価値を与えたのが「ガトー・フェスタ・ハラダ」です。
ガトー・フェスタ・ハラダは、群馬県に本社を置く洋菓子製造販売会社で、高品質なラスク「グーテ・デ・ロワ」で全国的な知名度を得ました。
ラスクをギフト商品としてブランディング
ガトー・フェスタ・ハラダのアプローチは、シベールとは大きく異なりました。
洗練された味わいの追求
シベールが素朴でシンプルな味わいを特徴としていたのに対し、ガトー・フェスタ・ハラダは高級感を前面に押し出す戦略を採用しました。
ガトー・フェスタ・ハラダは、ラスクにホワイトチョコレートをコーティングするなど、より洗練された味わいと見た目を追求。これにより、従来のラスクにはなかった上質な風味を付加したのです。
パッケージデザインへのこだわり
さらに重要だったのは、包装やパッケージデザインへの徹底したこだわりです。
従来のラスクが持っていた「お手頃な日用品」というイメージを完全に刷新。高級百貨店の名店街でも通用する、洗練されたデザインを採用しました。
ガトー・フェスタ・ハラダが後押ししたラスクブーム
この戦略的な転換により、ガトー・フェスタ・ハラダは商品の位置付けを根本的に変えました。
従来の日常的に購入する「デイリー商材」から、特別な機会に贈る「ギフト商品」としての価値を前面に打ち出したのです。この戦略は見事に的中し、新たなラスクブームに火をつけました。
ガトー・フェスタ・ハラダの成功は目覚ましく、「ラスクといえばガトー・フェスタ・ハラダ」というイメージが消費者の間に定着しました。全国の有名百貨店の一等地に店舗を構え、催事やイベントでは長蛇の列ができるほどの人気です。
かつては余ったパンの再利用品に過ぎなかったラスクが、今や贈り物の定番商品にまで格上げされたのです。
まとめ
現在の日本におけるラスク文化は、二つの企業の取り組みによって形作られました。まず、ラスクを独立した商品として開発し、市場を切り開いた山形の「シベール」。そして、その市場をさらに発展させ、ギフト商品としての地位を確立した「ガトー・フェスタ・ハラダ」です。フランスパンの「もったいない」から始まった小さな工夫が、やがて一大市場を生み出し、今では贈り物の定番商品にまで成長しました。