脱脂粉乳の過剰在庫問題とは|日本の酪農業界の課題
日本の酪農業界が直面する深刻な課題の一つに、脱脂粉乳の過剰在庫問題があります。2025年度末には在庫量が8万4400トンに達する見通しで、これは日本の月間消費量のおよそ8ヵ月分に相当する量です。バターの需要が好調な一方で、脱脂粉乳の需要が伸び悩む「需給ギャップ」が、酪農家と乳業メーカーの経営を圧迫しています。
脱脂粉乳とバターの関係
2つの製品が同時に作られる仕組み
牛乳から乳脂肪分を取り出してバターを作ると、残った液体から脱脂粉乳が作られます。つまり、バターと脱脂粉乳は同時に生産される関係にあるのです。
生乳を処理する際、バターだけを作って脱脂粉乳は作らない、という選択はできません。バターの需要が高まれば高まるほど、脱脂粉乳も同じだけ生産されてしまいます。この仕組みが、今回の問題の根本にあります。
バター需要が増えている背景
近年、訪日外国人観光客の増加により、外食産業や菓子製造業でバターの需要が増えています。ホテルの朝食、洋菓子店、レストランなど、観光客向けのサービス業でバターの使用量が増えているためです。
また、家庭でもパン食の普及や洋風料理の定着により、バターの消費は堅調に推移しています。このバター需要の高まりが、結果として脱脂粉乳の生産量も押し上げているのです。
脱脂粉乳の需要が伸びない理由
脱脂粉乳の約4割はヨーグルトの原料として使用されています。しかし、ヨーグルト市場は成熟しており、大幅な需要増加は見込めません。
さらに、2021年にはコロナ禍の巣ごもり需要で生乳消費がピークを迎えましたが、その後は飼料価格高騰による乳製品の値上げが響き、消費は減少傾向にあります。バターは外食需要で好調な一方、ヨーグルト向けが伸び悩む脱脂粉乳の在庫が積み上がる構造となっているのです。
在庫量の現状
2025年度の在庫見通し
| 項目 | 数値 | 備考 |
|---|---|---|
| 2025年度末在庫予測 | 8万4400トン | Jミルク発表 |
| 月間消費量換算 | 約8ヵ月分 | 推定出回り量ベース |
| 適正在庫水準 | 2~3ヵ月分 | 業界標準 |
酪農乳業団体Jミルクの見通しによると、2025年度末までの在庫量は8万4400トンとなっています。これは近年の日本の月間消費量(推定出回り量)のおよそ8ヵ月分に相当する量です。
通常、適正な在庫水準は2~3ヵ月分とされているため、現在の在庫量は明らかに過剰な状態です。在庫管理費や廃棄リスクも懸念される水準に達しています。
過去からの在庫推移
脱脂粉乳の在庫問題は2020年代に入ってから顕著になってきました。2023年9月時点では在庫対策事業が2024年3月まで延長され、その時点での在庫量予測値は約10万8000トンに達していました。
その後、業界の努力により在庫は一時的に減少しましたが、2025年度も8万4000トン台という高い水準が続いています。年をまたいでも問題が解決していない状況です。
業界の在庫削減対策
酪農乳業需給変動対策特別事業の内容
| 開始時期 | 2025年 |
|---|---|
| 基金の出資者 | 国内すべての酪農家と乳業メーカー |
| 対策実施期間 | 2026年1月~3月 |
| 主な用途 | 輸出拡大、需要喚起活動 |
Jミルクは2025年に、国内すべての酪農家と乳業メーカーが拠出して基金を造成し、「酪農乳業需給変動対策特別事業」を開始しました。これは乳製品の過剰在庫時・不足時にも発動する仕組みです。
2026年1月から3月には、この基金を活用した脱脂粉乳在庫削減対策を実施する予定となっています。具体的には、輸出拡大や需要喚起活動に資金を投入し、在庫圧縮を図ります。
対策の限界
しかし、Jミルクの大貫陽一会長は「あくまで対症療法であり、根本的解決ではない」と指摘しています。基金による一時的な対策だけでは、構造的な需給ギャップを解消することはできません。需要をいかに創出していくかが今後の鍵となるのです。
ヨーグルト消費拡大の取り組み
| 取り組み | 実施時期 | 実施団体 | 訴求内容 |
|---|---|---|---|
| 熱中症対策キャンペーン | 2025年夏 | 日本乳業協会 | ヨーグルトの水分保持機能 |
| 業界一丸キャンペーン | 2025年度下期~ | Jミルク | 店頭など多様なチャネルで展開 |
脱脂粉乳の約4割がヨーグルトに仕向けられることから、ヨーグルトの需要拡大が在庫削減の鍵を握っています。
日本乳業協会では、2025年夏にヨーグルトの水分保持機能に着目し、熱中症対策の観点からキャンペーンを実施しました。ヨーグルトに含まれる水分と栄養素が、夏場の健康維持に役立つという科学的根拠を消費者に訴求したのです。
業界全体への拡大
2025年度下期からは、Jミルクがキャンペーンを引き継ぎ、生産者・乳業者・販売店関係者を含めて業界一丸となった活動に発展させています。店頭をはじめさまざまなチャネルで積極的に展開する計画です。
牛乳でスマイルプロジェクトの展開
| 取り組み | 実施時期 | 参加組織 |
|---|---|---|
| キックオフイベント | 2025年11月15日 | Jミルク他8団体 |
| 統一ポータルサイト開設 | 2025年11月25日(予定) | 酪農乳業8団体+農林水産省 |
| SNS公式アカウント開設 | 2025年末 | Jミルク(X、Instagram) |
国産牛乳・乳製品の需要拡大のため、農林水産省と酪農・乳業界が官民挙げて取り組む「牛乳でスマイルプロジェクト」も展開されています。
2025年11月には酪農・乳業8団体が共同会見を開き、業界一体的な活動推進を宣言しました。同月15日には業界挙げた需要拡大活動の開始を宣言するキックオフイベントを関係団体、企業とも連携して開催し、内外に情報発信しています。
統一ポータルサイトの機能
これまで組織ごとにばらばらだった情報発信を一体化し、2025年11月25日(予定)には統一ポータルサイトを開設しました。年度内には異業種とのコラボなどのマッチング機能も搭載し、業界の垣根を超えた提案を強化する計画です。
さらに2025年末には新たにX(旧ツイッター)、インスタグラムの公式SNSアカウントも公開し、より幅広く酪農家、関連団体、乳業メーカー、消費者の相互情報理解が容易になりました。
政府の基本方針
酪肉近での位置づけ
2025年に策定された新たな「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針」(通称:酪肉近)では、脱脂粉乳の新たな消費シーンが見られていることに留意しながらも、課題の深刻さを認識した記述がなされています。
基本方針では「これまでの取り組みをもとに、酪農・乳業などの関係者と国や地方公共団体が目線を合わせながら、商品開発などを進めつつ、訪日外国人観光客を含めた消費者の理解醸成や需要喚起対策を全力で拡大する必要がある」と明記されています。
訪日外国人と輸出への期待
農林水産省の松本平畜産局長は、2025年1月の乳業団体賀詞交歓会で「今後は訪日外国人客の購買や輸出動向などを踏まえたうえで、需要を開きつつ生産していく段階に来た」と述べています。
訪日外国人による国内消費拡大だけでなく、輸出など新たな取り組み強化による消費拡大にも意欲を示しているのです。
問題の根本原因
生乳消費の減少
| 減少要因 | 内容 | 影響 |
|---|---|---|
| 乳製品の値上げ | 飼料価格高騰による | 消費者の購買意欲減退 |
| 学校給食での牛乳消費減 | 少子高齢化による | 長期的な需要減少 |
| 冬場の飲用需要低下 | 季節要因 | 処理不可能乳の発生懸念 |
生乳消費はコロナ下の巣ごもり需要で2021年にピークを迎えましたが、その後は減少が続いています。
飼料価格の高騰により、乳製品の値上げが相次いだことが消費者の購買意欲を減退させました。また、少子高齢化による学校給食での牛乳消費減少も長期的な構造問題となっています。さらに、冬場は飲用需要が一段と落ち込み、処理不可能乳(廃棄せざるを得ない生乳)の発生が懸念される状況です。
酪農家数の減少
| 年 | 酪農家数 | 備考 |
|---|---|---|
| 2009年 | 2万戸 | 指定団体受託ベース |
| 2025年8月 | 9477戸 | 15年間で半減 |
指定団体受託ベースで2009年に2万戸あった酪農家は、15年間で半減し、2025年8月には9477戸まで減少しました。このままでは、都府県を中心に9000戸割れも時間の問題となりかねない状況です。
将来不安は、酪農家の離農加速にも表れています。安心して搾乳ができない環境が続くと、さらなる離農が進み、国内の生乳生産基盤そのものが崩壊する危険性があります。
サプライチェーンへの影響
需給の不均衡が悪化すると、酪農家の経営悪化だけでなく、乳業メーカーの在庫管理費増加、流通業者の取扱量減少など、サプライチェーン全体へのさらなる影響が懸念されます。
脱脂粉乳の在庫が増え続けると、保管場所の確保が困難になり、最悪の場合は廃棄せざるを得ない状況も発生しかねません。こうなると、酪農家の努力が無駄になるだけでなく、食品ロスという社会問題にもつながります。
今後の課題と展望
出口需要の拡大
業界関係者は「出口需要の拡大に向けた活動が重要」と口をそろえます。在庫を一時的に削減する対策だけでなく、恒常的に脱脂粉乳を消費する新しい市場や用途を開拓することが根本的な解決につながるのです。
Jミルクの渡辺裕一郎専務は「酪農家が安心して生産を続けるには、消費の下支えが不可欠。ヨーグルト機能性訴求やスープへの活用など冬場も多面的に魅力を発信する」と語っています。
乳製品の価値を伝える取り組み
大貫陽一Jミルク会長は「消費者に牛乳乳製品の価値を伝えていくことが非常に重要なテーマ。酪農乳業の現状や課題の共通認識に立ち、業界の取り組みの見える化を図り次の成長ステージにつなげる」と力を込めています。
単に「余っているから買ってください」ではなく、乳製品が持つ栄養価値、健康への貢献、日本の酪農家の努力などを消費者に正しく理解してもらうことが急務となっています。
2026年以降の見通し
| 発言者 | 所属 | 発言内容 |
|---|---|---|
| 佐藤雅俊会長 | 日本乳業協会 | 2026年も喫緊の課題 |
| 大貫陽一会長 | Jミルク | 次年度以降も同傾向が続く |
佐藤雅俊日本乳業協会会長は、2026年1月の賀詞交歓会で、バターとの需給ギャップについて触れ「2026年も喫緊の課題であることに変わりはない」と危機感を示しました。大貫陽一Jミルク会長も「次年度以降も同傾向が続くのでは」と指摘しています。
脱脂粉乳の過剰在庫問題は、短期間で解決できる問題ではありません。業界一丸となった長期的な取り組みが求められています。
まとめ
脱脂粉乳の過剰在庫問題は、バターとの需給ギャップ、生乳消費の減少、酪農家の離農加速など、複合的な要因が絡み合った構造的な課題です。2025年度末には8万4400トンという高い在庫水準が見込まれており、業界全体での対策が急務となっています。
酪農乳業需給変動対策特別事業による基金活用、ヨーグルト消費拡大キャンペーン、牛乳でスマイルプロジェクトなど、業界は様々な取り組みを展開しています。しかし、これらは対症療法であり、根本的な解決には出口需要の拡大と消費者の理解醸成が不可欠です。
国産牛乳・乳製品の価値を消費者に正しく伝え、新たな消費シーンを創出していくことが、日本の酪農業の持続可能性を守る鍵となります。2026年以降も課題は続く見通しですが、官民一体となった取り組みにより、少しずつでも改善の道筋をつけることが期待されています。





