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甘葛とは|古代日本にあった幻の甘味料

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現代の私たちは、砂糖や蜂蜜、メープルシロップなど、様々な甘味料を当たり前のように口にしていますよね。

でも、砂糖が一般に普及するはるか昔、古代日本では「甘葛(あまづら)」と呼ばれる特別な甘味料が人々の間で愛され続けていました。

この甘葛は、平安時代の貴族文化を彩る重要な存在でありながら、中世以降に姿を消し、今では「幻の甘味料」と呼ばれるほど謎に包まれています。

一体、どんな甘さだったのでしょうか? その正体に迫ります!

目次

古代日本の甘味料

砂糖が日本に初めて伝わったのは754年のこと。唐の高僧・鑑真によってもたらされました。しかし、砂糖が広く一般の人々の口に入るようになったのは、鎌倉時代以降の対外貿易が拡大してからのことです。それまでの長い間、古代日本における甘味料の選択肢は非常に限られていました。

貴重だった「蜂蜜」と手間のかかる「飴」

当時利用されていた甘味料として、蜂蜜がありましたが、いずれも一般の人々にとって日常的に使えるものではありませんでした。

蜂蜜は採取量が限られており、非常に貴重でした。主に薬用として使われる程度で、誰もが気軽に口にできる甘さではなかったんですね。また、飴は製造過程が複雑で手間がかかったため、一般の人々が気軽に使える甘味料とは言えませんでした。

簡単に製造できる「甘葛」

このような状況の中で、甘葛は他の甘味料と比べて製造が非常に簡単だったことから、広く人々の間で親しまれていました。

甘葛は「甘葛藤」と呼ばれるツタ植物から抽出した樹液を煮詰めるだけで作ることができたのです。

この製造の簡便性こそが、甘葛が古代日本において甘味の代表格と呼ばれる存在になった理由でした。

古典文献が語る「甘葛」の重要性

甘葛は数多くの古典文献に登場しており、その重要性を物語っています。

奈良時代の東大寺正倉院文書をはじめ、平安時代の法令集『延喜式(えんぎしき)』『今昔物語集』、清少納言の『枕草子』など、時代を超えて様々な文献に甘葛の記録が残されています。

特に『延喜式』には、甘葛が全国から都に集められていたことや、唐の皇帝への献上品として贈られていたことが記されています。これは甘葛が単なる甘味料を超えて、外交上の贈り物としても価値を持つほど珍重されていたことを示しています。

また、甘葛は腐敗を防ぐために煎じて濃縮し、蜂蜜や水飴のような粘り気のある「甘葛煎(せん)」として保存・輸送されていました。

平安貴族の贅沢!「かき氷」や「芋粥」の甘葛

かき氷

『枕草子』では、清少納言が「あてなる(上品な)もの」として「削り氷(ひ)にあまづら入れて新しき鋺(かなまり)に入れたる」と記しており、かき氷のシロップとして甘葛を楽しんでいたことが分かります。これは現代のかき氷の原型とも言える存在で、平安時代の貴族たちが夏の暑さをしのぐために、氷室から取り出した氷に甘葛をかけて味わっていたのです。

芋粥

芥川龍之介の名作「芋粥」は、『今昔物語集』を基にした作品ですが、その中にも甘葛が登場します。作品では「芋粥とは山の芋を中に切込んで、それを甘葛の汁で煮た、粥の事を云ふのである」と説明されており、甘葛を使った芋粥が「無上の佳味(この上なく素晴らしい味)」として、天皇の食膳にも供されるほどの贅沢な料理だったことが描かれています。

甘葛が「幻の甘味料」と呼ばれる理由

しかし、中世以前の日本において甘葛は甘味の代表格でしたが、砂糖の普及とともに徐々に姿を消していきました。

室町時代中期には完全に消失したとみられており、「武家社会に甘葛は出てこない」という指摘もあります。

この消失の背景には、砂糖という新しい甘味料の登場だけでなく、甘葛を愛用していた貴族社会の没落も関係していたと考えられています。

甘葛が消失したことで、その原料や製法に関する知識も失われてしまいました。江戸時代になると、甘葛の存在は完全に忘れ去られ、何から作られていたのか、どのような味だったのかも分からなくなってしまったのです。

これが甘葛が「幻の甘味料」と呼ばれる所以です。

幻の甘味料「甘葛」の正体を追う!

甘葛の謎を解明しようとする試みは、江戸時代から断続的に行われてきました。

ツタ原料説

畔田翠山の提唱

江戸後期の本草学者、畔田翠山(くろだすいざん)は「地錦(つた)の冬に葉が落ちた後の茎に溜(たま)れる甘汁なり」と記述し、ツタが甘葛の原料であるという説を提唱しました。この記述が後の「ツタ原料説」の出発点となったのです。

白井光太郎の研究

昭和初期になると、植物学者の白井光太郎氏がツタの樹液を科学的に調べ、サトウキビ並みの高い糖分が含まれていることを明らかにしました。この発見により、ツタ原料説は一層説得力を増しました。

薬草研究会による復元

さらに1987年には、福岡の薬草研究会がツタの樹液から甘葛煎を復元して大きな反響を呼び、「ツタ原料説」が定着していきました。

ノブドウ説

一方で、江戸後期の本草学者、藤原清香(せいか)は著書「甘葛考」で、甘葛の原料が「野葡萄(のぶどう)」であり、その実の汁を煮詰めて甘葛を再現したと記しています。しかし、後に白井氏は「ノブドウはあまり甘くない」として、この説を否定しました。

現代の研究

現代に入り、立命館大学の神松幸弘氏と国文学研究資料館の入口敦志氏による文理融合の共同研究が開始されました。神松氏は環境生態学を専門とする研究者で、サンショウウオの生態を主に研究していましたが、「人間と自然の関係に興味がある」として、甘葛研究に取り組むことになりました。

新たな仮説の提唱

この研究では、従来の「ツタ原料説」に対して科学的な疑問が投げかけられました。神松氏は「ツタを使って甘みのあるものができるのは確かだとしても、ツタ以外は試されてすらいない。科学的に調べるなら候補を集めて比較しないと」との思いを抱き、より幅広い植物の調査を行うことにしました。

3年にわたる徹底調査

2017年から2019年にかけて、研究チームは甘葛の原料候補となるつる性植物の樹液を多彩に採取する調査を行いました。甘葛の「葛」の字はつる性植物を意味することから、過去の研究文献に記述された原料の可能性があるつる性植物を対象としました。樹液に糖分が蓄えられる厳冬期を狙って、滋賀県、奈良県、北海道の山中などで採取活動を行いました。

この調査では、各地の植物愛好家の協力を得ながら、8種の樹液を採取しました。採取作業は決して楽なものではなく、極寒の中での作業となりました。しかし、3年間にわたって継続的に採取を行い、一貫した結果を得ることができました。

驚きの発見!

採取された8種の樹液を分析した結果、驚くべき発見がありました。従来のツタを含め、ノブドウ、ヤマブドウ、サンカクヅル、アマヅルのブドウ科5種から、メイプルシロップの原料にもなるギンヨウカエデを上回る高い糖分が検出されたのです。

この発見は、甘葛の原料がツタだけではなかった可能性を強く示唆しています。各植物の樹液を煎じると粘り気を持ち、甘葛の原料となる十分な”資格”を持っていることが判明しました。

効率的な採取

研究では、甘味料としての品質だけでなく、実際の採取効率についても調査が行われました。

ツタの樹液を採取する際、茎を切断してもわずか20分ほどで流れが止まってしまい、極めて効率が悪いことが判明しました。

過去の研究でも、人海戦術で大量に茎を伐採してもわずかな量しか採取できず、かなりの苦労を要したことが報告されています。

「複数植物説」の浮上

この現実的な問題を考慮すると、古代において甘葛が全国から集められていたという『延喜式』の記録と照らし合わせて、「広範囲から、ツタのみで安定した量を確保したとは考えにくい」という結論に至りました。

むしろ、「複数の種類のつる性植物から採取されたのではないか」という新たな仮説が提示されています。

実際に、アマヅルとサンカクヅルは採取効率が良く、ノブドウやヤマブドウは効率が今ひとつだったという結果も得られています。

これらの情報は、古代における甘葛生産の実態を理解する上で重要な手がかりとなります。

現代に蘇った「幻の甘味」

現代の研究によって、甘葛の復元が可能になりました。

実際に試食した人々の感想は、「蜂蜜のよう」「べっこう飴のよう」と既存の甘味料に例える声がある一方で、「上品でさっぱりした甘味」「独特の風味がある」「アクがなくすっきりしている」といった多様な表現も聞かれました。

特に注目すべきは、ツタからは「最初は強烈に甘いが、その後にスッと引き、はかない上品な甘さ」、アマヅルからは「口に含んだ時の甘みは穏やかだが、コクがあって、じんわり続く特徴的な甘み」が感じられたことです。

これは、まるで蜂蜜が花によって風味が異なるように、古代においても地域や使用する植物によって、甘葛の味に豊かな多様性があったことを示唆しています。

現代の砂糖のような画一的な甘味料とは異なり、甘葛はより自然で個性的な味わいを持つ甘味料だったと言えるでしょう。

甘葛の製造プロセス

甘葛の製造方法についても、現代の研究により詳細が明らかになっています。製造は主に厳冬期に行われ、この時期に樹液の糖度が最も高くなるためです。12月初旬の糖度5.6から始まり、12月下旬には糖度10.4、1月には糖度20を超えるサンプルも確認されています。

製造過程では、まず適切なツタやつる性植物を選定し、太い茎を切り取って樹液を採取します。採取された樹液は「みせん」と呼ばれ、これを煮詰めることで甘葛が完成します。煮詰める過程で、無色透明だった樹液が淡い飴色に変わり、香ばしい香りを放つようになります。

重要なのは、煮詰めすぎると結晶ができてざらざらしてしまうため、適度な粘度で止めることです。完成した甘葛は、箸やスプーンで持ち上げると糸を引くような状態になり、糖度は75程度に達します。

「甘葛」の糖組成

現代の科学技術により、甘葛の成分も詳細に分析されています。甘葛に含まれる主要な糖類は、フルクトース(果糖)、グルコース(ブドウ糖)、シュークロース(蔗糖)の3種類で、これらが1:1:3の割合で含まれています。

興味深いことに、樹液の「みせん」と完成した甘葛では、糖類の種類と割合に違いがないことが判明しました。これは、煮詰める過程で新たな成分が生成されたり、失われたりしていないことを意味します。甘葛の甘さは、この独特な糖類の組成によって生み出されているのです。

この糖類の組成は、他の甘味料と明確に異なっています。砂糖は主に蔗糖、蜂蜜は主に果糖とブドウ糖、メープルシロップは主に蔗糖と果糖で構成されており、甘葛独特の甘味特性を生み出す要因となっています。

まとめ

現代では手軽に様々な甘味料が手に入りますが、「お金を出しても手に入らないもの」への憧れや、より自然なものを求める声は高まっています。甘葛の研究はまさにそのニーズに応えるもの。伝統文化や古くからの知恵には、私たちがまだ知り尽くしていない多くの可能性が隠されていることを示唆しています。

甘葛の研究は現在も活発に進められており、その謎はさらなる解明へと向かっています。植物調査や文献の精査、そしてブドウ科植物の樹液活用など、具体的な研究計画が進行中なんです。

この「幻の甘味料」が再び私たちの食卓に上る日も、そう遠くないかもしれません。この研究によって、平安貴族が味わった「あてなる(上品な)甘み」を、現代で体験できる日が楽しみです。

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