BAKEのEC戦略
新型コロナウイルス感染症の拡大は、多くの企業の事業構造に変化を促しました。
BAKEも例外ではなく、この外部環境の変化をきっかけとして、ECサイトの立ち上げとアプリの再構築を進めることになります。
この一連の取り組みは、同社のEC事業を成長させ、事業の新たな柱を確立しました。
ECサイトの立ち上げ
BAKEは新型コロナウイルスによる実店舗の売上減少という危機に対応するため、ECサイトの立ち上げを決定しました。
ECサイト立ち上げの背景
2020年、政府による外出自粛要請の影響で、BAKEの実店舗への来客数が大幅に減少しました。
それまで実店舗のみで商品を販売していた同社は、売上が前年同期比で9割減という数字を記録し、企業の存続すら危ぶまれる状況に陥りました。
この危機的状況を打開するため、新たな販売チャネルとしてEC事業の立ち上げが緊急の課題となりました。
迅速なサイト構築
ECサイトの構築には時間的制約がありました。
そこで同社が選択したのが、「Shopify」というECプラットフォームの活用でした。
Shopifyは、ゼロからシステムを開発するよりも大幅に時間を短縮してECサイトを構築できるサービスです。
このプラットフォームの活用により、2020年6月には「BAKE the ONLINE」というECサイトが開設されました。
ECサイトの成功要因
ECサイトの立ち上げは、多くの人が外出を控える状況において、店舗に足を運ばずに商品を購入できるという利便性が顧客に支持されました。
また、経済活動が徐々に再開された後は、企業が取引先などへの贈答用として大口購入するケースも増加し、ECサイトの売上は順調に成長しました。
アプリの再構築
ECサイトの成功とは対照的に、BAKEのスマートフォンアプリは、当初期待されたほど売上に貢献しませんでした。
この課題を解決するため、同社はアプリの再構築に着手しました。
旧アプリの技術的課題
当時のアプリは、Shopifyのアプリ開発サービス「Appify」を利用していましたが、いくつかの技術的な制約がありました。
最も大きな問題は、パソコン用のECサイトとアプリ用のECサイトが別々のシステムで動いており、在庫管理も別々に行う必要があったことです。
これにより、商品情報の更新や在庫管理に多大な時間と手間がかかり、販売できる商品を一部に限定せざるを得ませんでした。
ノーコード開発の導入
これらの課題を解決するため、同社はアプリ開発支援企業ヤプリが提供する「ノーコード開発プラットフォーム」を導入しました。
ノーコード開発とは、プログラミング言語を使わずに、視覚的な操作でアプリを開発する手法です。
この技術により、専門的なプログラミング知識を持たない担当者でも、短期間でアプリの開発や運用が可能になりました。
ユーザーインターフェースの改善
新しいプラットフォームを活用して、同社はアプリのユーザーインターフェース改善に取り組みました。
具体的には、アプリのトップ画面の下部に「オンライン購入」ボタンを明確に配置し、顧客がEC画面へスムーズに移動できるように導線を設計しました。
さらに、EC画面の上部には「トップ」「サーチ」「カート」という3つのタブを設置し、商品を探して購入するまでの流れが直感的に理解できるようになりました。
アプリ活用の成果
改良されたアプリは2024年1月に提供開始され、売上と利用者の両面で明確な成果を示しました。
クーポンくじ施策の効果
同社はアプリの利用を促進するため、「クーポンくじ」という施策を導入しました。
これは毎週金曜日にアプリ内で配信される抽選形式のサービスで、割引券が当たるものです。
このクーポンは実店舗とオンラインストアの両方で利用できるため、オンラインとオフラインの売上促進に寄与しました。
指標の向上
クーポンくじの効果は数値で明確に現れました。
配信日である金曜日のアクティブユーザー数は、配信していない日の約2倍に増加しました。
また、アプリを起動した日の翌日も再びアプリを起動する「翌日リピート率」も大幅に向上しました。
運営体制の変化
ノーコード開発プラットフォームの導入により、運営体制にも変化が生まれました。
従来は外部企業に依頼していたコンテンツ更新や改善を、自社で迅速に実施できるようになりました。
これにより、PDCAサイクルが短縮され、データに基づいた意思決定が速やかに行えるようになりました。
デジタル専用ブランド「しろいし洋菓子店」
EC事業の成功をさらに進めるため、2023年にはデジタルに特化した新しいブランド「しろいし洋菓子店」が立ち上げられました。
ブランドのコンセプト
「しろいし洋菓子店」は、従来のBAKEのブランドとは異なり、常設の実店舗を持たず、ネット販売を中心とするデジタル専用ブランドとして設計されました。
このブランドは「架空のパティスリー」というコンセプトを採用し、「マンション・インディゴ」という架空のマンションの1階にあるという物語性を持たせています。
イマーシブ体験の提供
この物語性は、商品の構造にも反映されています。
メイン商品であるクッキー缶は、階層ごとに異なるフレーバーが登場するように設計されました。
顧客が缶を開けて食べ進めることで、新しい味が次々と現れるという「イマーシブ体験」を提供しています。
ブランドの成果
この戦略は数値面でも明確な成果を収めました。
しろいし洋菓子店のリピート率は75%、顧客レビューの平均評価は4.86という高い水準を達成しました。
また、生産量が限られているにもかかわらず、在庫を販売するとその日のうちに完売する状況が続いています。
EC事業の課題と解決策
EC事業の立ち上げ過程では、様々な技術的・運営的課題に直面しましたが、それぞれに解決策が講じられました。
配送温度帯の整備
EC開始当初は配送の複雑化を避けるため、全ての商品を冷凍で配送していました。
しかし、手土産用商品を冷凍で配送すると、解凍に時間がかかり贈答用としての利便性が低下するという問題がありました。
この問題を解決するため、商品の特性に応じて常温、冷蔵、冷凍の配送方法を使い分ける体制を構築しました。
商品画像の最適化
実店舗で効果的だったシズル感のある商品写真が、ECサイトでは必ずしも売上につながりませんでした。
そこで、商品の内容や個数が一目で分かるように、EC専用の画像を制作して改善を行いました。
転売問題への対策
賞味期限が短い商品の転売問題が発生し、品質管理ができない状況が生まれました。
この問題に対処するため、同社は自社管理のもとでAmazonでの販売を開始しました。
これにより、不適切な販売を防ぎ、品質管理された商品を顧客に提供できるようになりました。
EC戦略の全体像
BAKEはEC事業の成長をさらに加速させるため、顧客情報の統合とOMO戦略を推進しています。
顧客情報の統合
従来のBAKEは各ブランドが独立して運営されており、顧客情報の連携がありませんでした。
この問題を解決するため、同社は自社名をマスターブランドとして前面に打ち出し、アプリを起点とした統一会員組織「BAKE Membership Program」を創設しました。
これにより、顧客はオンラインとオフラインの両方で、ブランドを横断したサービスを利用できるようになりました。
OMO戦略の推進
現在推進されているOMO戦略は、オンラインとオフラインの境界をなくし、顧客にとってシームレスな体験を提供することを目指しています。
具体例として、複数のブランドの商品を一箇所で販売する「BAKE the SHOP」を展開しています。
EC化率の向上
これらの取り組みの成果として、EC化率がアプリのリニューアル前後で1.6ポイント上昇しました。
現在のEC化率は約8%に達しており、これは「食品、飲料、酒類」の業界平均4.29%を大きく上回る数値です。
まとめ
BAKEのEC戦略は、コロナ禍という危機をきっかけに始まり、顧客体験の向上を最優先に置いた取り組みにより成功を収めました。
ECサイトの立ち上げ、アプリの再構築、デジタル専用ブランドの創設、そして顧客情報の統合といった一連の戦略は、すべてEC事業の成長に貢献しました。
特に、ノーコード開発プラットフォームの活用により、技術的な専門知識に依存することなく、迅速かつ柔軟な改善サイクルを実現した点は、他業界の企業にとって参考になる事例です。