1980年代後半から、日本の菓子業界では毎年新たな流行が生まれていました。ティラミス、ナタデココ、パンナコッタなど、海外のスイーツが次々と話題になる中、1997年に特に大きな注目を集めたのが「ベルギーワッフル」でした。このブームは、単なる流行を超えた、社会現象と呼べるほどの熱狂を巻き起こしました。
ベルギーワッフルとは
ベルギーワッフルは、その名の通り、ベルギー王国を起源とする伝統的な焼き菓子です。
日本で一般的に「ワッフル」として認識されているのは、このベルギーワッフルを指すことが多いでしょう。
このお菓子の最も視覚的な特徴は、専用のワッフルメーカー(ワッフル焼き器)で焼き上げることによって生まれる深く刻まれた格子模様です。
この格子状の窪みが、溶けたバターやシロップ、クリームなどの様々なトッピングを「受け止める」役割を果たします。
ベルギーワッフルは、下記のようにベルギーの人々の日常生活に深く根ざしています。
朝食の定番 | 家庭では、休日の朝食として焼きたてのワッフルにバターとメープルシロップをかけて楽しむのが一般的です。 |
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手軽な軽食・おやつ | 街角の屋台や専門店では、焼きたてのワッフルが手軽に購入でき、歩きながら楽しむおやつや軽食として非常に人気があります。特に、温かいワッフルは寒い季節には体を温める役割も果たします。 |
デザートとしての提供 | レストランやカフェでは、アイスクリーム、ホイップクリーム、新鮮なフルーツ、チョコレートソースなどを豪華に盛り付けた、洗練されたデザートとして提供されることもあります。 |
このように、ベルギーワッフルは、そのシンプルな見た目からは想像できないほど、多様な場面で親しまれている汎用性の高い焼き菓子と言えます。
その魅力は、焼きたての香ばしさ、外はカリッと中はふんわりまたはもちっとした独特の食感、そしてどんなトッピングとも相性の良い素朴な甘さに集約されます。
ベルギーワッフルには2つの代表的なタイプがある
ベルギーでは、地域によって異なるスタイルのワッフルが存在しています。なかでも広く知られているのが「ブリュッセルワッフル」と「リエージュワッフル」の2種類です。どちらもイースト発酵生地を使用しますが、食感や形、トッピングのスタイルに違いがあります。
どちらのワッフルも魅力的ですが、選び方のポイントは食感と甘さにあります。
どちらもベルギー文化の一部として長年親しまれてきたスイーツですので、機会があればぜひ両方の味を比べてみてください。
ブリュッセルワッフル
ブリュッセルワッフルは、ベルギーの首都・ブリュッセル周辺で親しまれている伝統的なワッフルです。日本ではあまり見かける機会が少ないものの、本場ベルギーでは観光客にも人気のある定番スイーツとして知られています。
特徴
このワッフルは、専用の四角い型で焼かれるのが一般的です。表面には深く大きな格子状の凹凸があり、見た目にもインパクトがあります。生地にはほとんど砂糖が使われず、甘さは非常に控えめ。そのため、生地そのものは軽く、トッピングとの相性が抜群です。仕上げには、粉砂糖をふりかけたり、バターやフルーツ、ホイップクリーム、アイスクリーム、チョコレートソースなど、好みに合わせて自由にアレンジできるのが魅力です。
作り方
ブリュッセルワッフルの生地には、イースト菌が使用されます。発酵によって気泡が生まれ、生地がふんわりと膨らみます。また、水分量が多いため、生地はやわらかくゆるめの状態になります。このような特徴のある生地を高温のワッフルメーカーで焼き上げることで、外側はパリッと香ばしく、内側は軽やかでふわふわとした食感に仕上がります。空気をたっぷり含んだ軽快な口あたりは、ブリュッセルワッフルならではの魅力です。
食事シーン
本場ベルギーでは、カフェなどでデザートとして提供されることが多く、皿に盛りつけてトッピングと一緒に楽しむスタイルが一般的です。観光地では、屋台で焼きたてをそのまま紙に包んで販売しており、街歩きをしながら手軽に味わえるスナックとしても親しまれています。軽やかな口あたりとトッピングのバリエーションの豊富さから、幅広い世代に人気があります。
リエージュワッフル
リエージュワッフルは、ベルギー南部のリエージュ地方に伝わるワッフルで、甘く、しっかりとした食感が特徴です。日本国内で「ベルギーワッフル」として広く知られているのは、実はこのリエージュタイプです。
特徴
ブリュッセルワッフルと異なり、リエージュワッフルは四角い形ではなく、楕円形や丸みを帯びた不規則な形で焼き上げられます。生地がやや硬めで手で丸めて成形するため、形はひとつひとつ異なります。外側にはカリッとした焼き色がつき、見た目にも焼き菓子のような存在感があります。生地自体に強い甘みがあるため、トッピングをせずそのまま食べても十分な満足感があり、持ち歩きにも適しています。
作り方
リエージュワッフルの生地もイースト菌によって発酵させますが、大きな違いは**パールシュガー(大粒のザラメ糖)**を練り込む点にあります。このパールシュガーは焼く過程で部分的に溶け、表面でキャラメル状になってカリッとした独特の食感を生み出します。一方で、完全には溶けきらずにザクザクとした歯ごたえを残す部分もあり、ひと口ごとに違った食感を楽しめるのが魅力です。中はもっちり、外は香ばしく、ブリュッセルワッフルとは対照的な重厚感があります。
食事シーン
リエージュワッフルは、ベルギー国内では朝食やおやつとして日常的に食べられています。パン屋や屋台、駅構内の売店などで気軽に購入でき、焼きたてを歩きながら食べる光景もよく見られます。また、冷めても美味しく、日持ちもするため、お土産としても人気です。日本でも専門店やカフェで販売されており、手軽に本場の味を楽しめるスイーツとして多くの人に親しまれています。
ベルギーワッフルの名前の由来
「ベルギーワッフル」という呼び方は、実は日本独特のものかもしれません。ベルギーは多言語国家であり、フランス語、ドイツ語、オランダ語が公用語として使われています。そのため、現地では「ゴーフル」と呼ばれることもあれば「ワッフル」と呼ばれることもあります。
興味深いことに、ゴーフル、ワッフル、そして私たちが知っているウェファースという言葉は、すべて同じ語源から生まれています。言葉の起源をたどると、蜂の巣を意味する古い言葉に行き着くとされており、ワッフルの特徴的な格子模様の外見から連想されたものと考えられています。
日本のワッフルブーム
1997年のベルギーワッフルブームは、日本において異例とも言えるほどの熱狂ぶりを見せました。購入するために長時間の行列ができるのが日常的な光景となり、社会現象とまで呼ばれるようになりました。
この日本のブームがあまりにも大きく、ベルギーという国の知名度向上に大きく貢献したことから、ベルギー政府は粋な計らいを見せました。在日ベルギー大使館を通じて、ベルギーワッフルの普及に貢献した日本の企業に対し、「我が国の名誉を高めし貢献度合い、甚だ大なるものあり」として本国から勲章を贈ったのです。これは外交上の儀礼的な行為とはいえ、一つの食べ物がきっかけでこのような文化交流が生まれるというのは、非常に興味深い出来事でした。
ワッフルブームのきっかけ
日本でのベルギーワッフルブームは、実は発端から全国的な広がりを見せるまでに10年以上の時を経ていました。
1986年 ブームの先駆け「マネケン」の登場
その発端は1986年、大阪・梅田の新阪急八番街に「マネケン」というベルギーワッフル専門店がオープンしたことにありました。この店は当初から話題を呼び、連日行列ができるほどの人気ぶりでした。しかし、この時点ではまだ全国的なブームには至っていませんでした。
1997年 全国的な爆発的ブーム
全国的なブームとなったのは、マネケンのオープンから11年後の1997年のことです。まるで時限爆弾が破裂したかのように、突然全国各地でベルギーワッフル専門店が次々とオープンし、どこもかしこも長蛇の列ができる現象が起きました。このブームは、それまでのスイーツブームの中でも特に規模の大きなもので、まさに「熱狂」と呼ぶにふさわしいものでした。
ベルギーワッフルブームの終焉
しかし、あれほど盛り上がった日本のベルギーワッフルブームも、時の流れとともに次第に落ち着いていきました。駅前などに次々とオープンしたワッフル専門店の多くは、いつの間にかたい焼き屋さんやたこ焼き屋さんへと業態を変更していきました。後年にはタピオカドリンク店に変わった店舗も多く見られました。
これは決してブームの「失敗」というわけではなく、むしろ自然な流れだったのかもしれません。なぜなら、ベルギーでワッフル屋さんが担っている役割は、まさに日本のたい焼き屋さんやたこ焼き屋さんのような、気軽な街角の軽食店としての位置づけだからです。
ベルギーワッフルブームが見せた可能性
このような文化の交流を見ていると、逆に日本の代表的な庶民の味である、たい焼きやたこ焼きがいつの日かベルギーやヨーロッパでブームになることはないだろうかと、夢のような想像が膨らみます。あんこの甘さや、ソースの味、そして何より焼きたての温かさは、きっと寒いヨーロッパの街角でも人々に愛されるのではないでしょうか。
食文化の国際的な広がりは、時として思いもよらない形で実現するものです。ベルギーワッフルが日本で大ブームとなったように、日本の味もまた世界のどこかで新たな文化として花開く日が来るかもしれません。
まとめ
ベルギーワッフルの流行は日本とベルギーの食文化をつなぐ存在にもなりました。軽食やデザートとして愛されるその多様性と奥深さは、今なお多くの人々を魅了し続けています。異なる文化圏の味が互いに影響し合い、新たなブームを生む――その可能性を、ワッフルは今も私たちに教えてくれています。