ビッグカツとは|人気の理由やメーカーの『株式会社すぐる』について

ビッグカツとは
ビッグカツは、広島県呉市の株式会社すぐるが製造する人気の駄菓子です。白身魚を主原料とし、カツのようなサクサクとした食感が特徴です。子どもから大人まで幅広い世代に愛されており、日本全国の駄菓子屋やスーパーで販売されています。
白身魚を使用した独特の風味
ビッグカツは白身魚のすり身を主原料としています。揚げることでサクサクとした食感が生まれ、カツのような風味が楽しめます。魚の風味が苦手な人でも食べやすいように、味付けや食感に工夫が施されています。
手軽に楽しめる駄菓子
手頃な価格で購入でき、子どもでも気軽に食べられる点が魅力です。パッケージもコンパクトで持ち運びしやすく、学校帰りのおやつや小腹が空いたときの軽食として重宝されています。
幅広いアレンジが可能
ビッグカツはそのまま食べるだけでなく、料理のアレンジにも使われています。例えば、おにぎりの具にしたり、パンに挟んでカツサンド風にしたりすることもできます。また、カレーやラーメンのトッピングとしても相性が良いと評判です。
ビッグカツの基本情報
| 商品名 | ビッグカツ |
|---|---|
| 製造・販売 | 株式会社すぐる(広島県呉市) |
| 原型 | 1975年頃に生まれた「おやつ串カツ」 |
| 現在の形になった時期 | 1980年(個包装に変更) |
| 主原料 | スケトウダラなど白身魚のすり身をシート状に成型した「プッチン」 |
| 発売当初の価格 | 1本10円 |
| 名前の由来 | 「この商品とともに会社を大きくしたい」という想いから |
| 派生商品 | カープかつ、旧海軍カレーカツ、スティックカツ など |
魚肉から作られているのに「カツ」を名乗る。この一見ちぐはぐな成り立ちには、原料をめぐる切実な事情が隠れていました。
ビッグカツが生まれた理由
いかが手に入らなくなった
すぐるのルーツは、1948年に家業として始めたイカ加工にあります。戦後の食糧難のなか、スルメを広島駅前で売ったのが出発点でした。つまりこの会社は、もともと「いかの会社」だったのです。
ところが、そのいかが手に入らなくなる時期が訪れます。売るものが無くなってしまうという危機のなかで目を向けたのが、さきいかの代替品として業界に登場していた「プッチン」でした。スケトウダラなど魚肉のすり身をシート状に成型したもので、これをフライにするという発想から生まれたのが「おやつ串カツ」です。1975年頃、駄菓子屋の店先に並び始めました。
バーコードが商品名を決めた
おやつ串カツは、串に刺した状態でポットに入れたり、量り売りしたりする売り方でした。これが変わるきっかけは、スーパーマーケットの普及にともなうバーコードの必要性です。値札を貼れる包装にしなければ、新しい売り場に並べられません。
そこで串を外し、一枚ずつの個包装へ切り替えました。1980年のことです。このときに付けられた名前が「ビッグカツ」でした。由来は、この商品とともに会社を大きくしたいという想いです。売り方の都合から生まれた商品名に、経営者の願いが重ねられていたわけです。価格は1本10円から始まりました。
参考:原料不足の危機から生まれたビッグカツの開発秘話|株式会社すぐるのストーリー
株式会社すぐるとは
株式会社すぐるは、広島県呉市に本社を構える魚介加工品メーカーです。ビッグカツやいか姿フライを世に送り出し、駄菓子の売り場で確固たる地位を築いてきました。
押さえておきたいのは、この会社が「株式会社スグル食品」と二社体制でグループを構成している点です。名前がよく似ているため混同されがちですが、設立年も代表者も異なる別の法人です。
スグル食品グループ2社の会社概要
| 項目 | 株式会社すぐる | 株式会社スグル食品 |
|---|---|---|
| 設立 | 1984年11月30日 | 1973年4月28日 |
| 代表取締役 | 大塩 和孝 | 大塩 俊 |
| 本社所在地 | 広島県呉市広末広1丁目3番31号 | 広島県呉市広多賀谷2丁目5番8号 |
| 資本金 | 4,500万円 | 5,000万円 |
| 従業員数 | 60名 | 120名 |
| 事業内容 | 魚介加工品の製造・販売 | 魚介加工品の製造・販売 |
2社を合わせても従業員は180名ほど。全国の駄菓子売り場を押さえている商品の作り手としては、決して大きな組織ではありません。営業網は、スグル食品が呉・広島といった地元を、すぐるが東京営業所を含む広域を受け持つ形で分かれています。
創業家である大塩家が両社の代表を務めており、2023年9月には大塩俊氏が代表取締役会長、大塩和孝氏が代表取締役社長に就いています。同年4月には創業50周年を迎えました。
株式会社すぐるの特徴
すぐるは、駄菓子メーカーでありながら、大手菓子メーカーにも引けを取らない品質と開発力を持っています。白身魚を使用した駄菓子という斬新な発想をはじめ、地元のスポーツチームとのタイアップ商品を展開するなど、常に新しいアイデアを生み出しています。製造される商品は駄菓子でありながらも品質管理には細心の注意を払っており、安全でおいしい商品を提供し続けています。
スグル食品グループのあゆみ
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1948年 | 家業としてイカ加工を開始。スルメを広島駅前で販売 |
| 1973年4月 | 有限会社スグル食品を設立 |
| 1975年4月 | 株式会社おおしお食販を設立して業務を委譲。のちに株式会社スグル食品へ改称。イカ粉を混ぜた魚肉シートをフライにした「いか味天」を開発 |
| 1975年頃 | ビッグカツの原型「おやつ串カツ」が誕生し、駄菓子屋で販売開始 |
| 1980年11月 | 広工場を新設。ビッグカツが現在の包装形態に |
| 1984年11月 | 株式会社すぐるの前身となる有限会社スグル食品を設立 |
| 1990年3月 | 呉市郷原町に第二事業部(郷原工場)を開設 |
| 1990年代 | かまぼこ・がんすなど練り製品事業を開始 |
| 1997年1月 | 株式会社すぐるへ改組・改称。三菱商事と総発売元契約を締結 |
| 2005年 | カープかつを販売開始。両社でISO9001を取得 |
| 2013年11月 | チーズがんすが全国水産加工品品質審査会で受賞 |
| 2015年5月 | ビッグカツがフランス人が選ぶ駄菓子ランキングで1位に |
| 2017年3月 | 旧海軍カレーカツがご当地グランプリで金賞を受賞 |
| 2023年4月 | 創業50周年 |
| 2023年9月 | 大塩俊氏が代表取締役会長、大塩和孝氏が代表取締役社長に就任 |
年表を眺めると、この会社が駄菓子だけの会社ではないことが分かります。1990年代にはかまぼこや広島名物のがんすといった練り製品へ踏み出し、チーズがんすは全国水産加工品品質審査会で評価を受けました。魚のすり身を扱う技術を軸に、駄菓子と本格的な水産加工品の両方を手がけている会社なのです。
1997年に三菱商事と総発売元契約を結んだ点も見落とせません。地方の中小メーカーが全国の売り場を維持し続けられている背景には、大手商社の流通網があります。
ビッグカツが人気になった理由
ビッグカツが全国に広がった決め手は、売り場そのものの変化でした。1980年前後はスーパーマーケットやコンビニエンスストアが一気に増えていった時期です。串を外して個包装にしたことで、この新しい売り場に並べられるようになり、そこから全国流通が実現しました。
すぐるによれば、当時の生産量は現在の3倍以上に達していたといいます。駄菓子屋の店先だけで売られていた商品が、流通の変化に合わせて姿を変えたことで別の規模に到達した——ビッグカツの歩みは、そのまま日本の小売の移り変わりを映しています。
2005年の「カープかつ」発売
2005年には、地元広島のプロ野球チーム「広島東洋カープ」を応援するために、「カープかつ」を発売しました。「かつ」を「勝つ」に掛けたネーミングが話題となり、広島の帰省土産としても人気を集めました。
メディアでの紹介
2015年5月5日には、TBSのテレビ番組「所さんのニッポンの出番」で、フランスの冷凍食品に似ているという理由から、フランス人が選ぶ人気駄菓子第1位に選ばれました。さらに、2022年7月8日にはテレビ東京の「所でナンじゃこりゃ?」でも特集され、製造工程が紹介されました。
まとめ
ビッグカツは、広島県呉市の株式会社すぐるが生み出した、白身魚を主原料とする駄菓子です。いかが手に入らないという危機から代替原料に活路を求め、1975年頃に「おやつ串カツ」として世に出ました。1980年に個包装へ切り替えた際、会社を大きくしたいという願いを込めて今の名前が付けられます。
そこから40年以上、駄菓子の定番として売り場に居続けているだけでなく、フランス人が選ぶ駄菓子ランキングで1位に選ばれるなど、思わぬ広がりも見せてきました。手軽に楽しめるうえアレンジの幅も広く、多くの世代に親しまれています。