英国紀行文学賞を受賞した一冊の本をきっかけに日本で注目を集めた、フランス南部プロヴァンス地方の銘菓「カリソン」。この小さくも奥深いお菓子について、その特徴や歴史、そして日本での受容について詳しく解説します。
カリソンとは
カリソン(Calisson)とは、フランス南部の町 エクス=アン=プロヴァンス(Aix-en-Provence)に伝わる伝統的な砂糖菓子の一種です。
アーモンドの香ばしさと、果物の甘酸っぱさ、そして美しい見た目が特徴で、「南仏の宝石」とも称されることがあります。
- 口に入れた瞬間に広がるアーモンドの香ばしさ
- 果物の甘みとほのかな酸味
- シャリッとした糖衣と、しっとりしたマジパン、サクッと軽いウェファース
これらが口の中で一体となり、繊細でありながら力強い味の重なりを楽しむことができます。
また、宗教的な背景や地域の誇りといった文化的価値も、この小さな菓子に詰まっています。南フランスの風土や伝統を感じられる、まさに「歴史を味わう」お菓子です。
見た目は白く艶のある涙型(または船のような形)をしており、その中には3つの層が重なり合っています。下記、それぞれの層が異なる役割を持ち、カリソン独自の味わいと食感を生み出しています。
1. グラッセ(表面)
最上部には、白くつややかな糖衣(グラッセ)が薄く塗られています。
この糖衣は、粉糖と卵白を混ぜて乾かした「ロイヤルアイシング」に似たもので、ほんのりとした甘さと、ややパリッとした歯ざわりを加えています。
見た目の美しさを保つだけでなく、外気から中身を保護する役割も果たしています。
2. マジパン(中央)
中央部分は、カリソンの「主役」となる層です。
アーモンドを細かく砕いたペーストに、砂糖漬けのメロンやオレンジピール(柑橘類の皮)などを加えて練り上げます。
このアーモンドペーストは「マジパン」と呼ばれ、しっとりとした質感と豊かな香りが特徴です。
果実の風味が加わることで、単なるアーモンド菓子とは異なる、南仏らしい爽やかさと奥深さを持っています。
3. ウェファース(底面)
底には、ごく薄いウエハース(ウェファース)が敷かれています。
これはお菓子の形を安定させるための「土台」の役割を持ちつつ、サクサクとした軽やかな食感を加えます。
この層があることで、柔らかいマジパン部分とのコントラストが際立ち、より立体的な味わいとなるのです。
カリソンの名前の由来
「カリソン」という名前の語源については諸説ありますが、最も一般的に語られるのは、お菓子が作られる際に使用されるボート型(菱形)の木型に由来するという説です。
また、ロマンティックな逸話として、王妃がこのお菓子を食べて笑顔を取り戻したことから、ラテン語の「calinere(抱擁する)」が語源となり「カリソン」と名付けられたという話も伝えられています。
カリソンの発祥起源
カリソンの誕生には、複数の興味深い説が存在します。
レネ王の再婚の宴席で振る舞われた説
最も有名な説の一つは、1473年にプロヴァンス伯でもあったレネ王(善良王ルネ)の再婚の宴席でカリソンが振る舞われたというものです。
この説では、王妃ジャンヌに密かに心を寄せていた料理人が、彼女の悲しみを癒すためにこの特別なお菓子を手作りしたと伝えられています。
愛する人への想いが、時を超えて愛され続けるお菓子を生み出したという、ロマンティックな逸話です。
守護聖人に捧げるミサで振る舞われた説
もう一つの有力な説は、より地域の歴史と信仰に深く根ざしたものです。
1629年、エクス・アン・プロヴァンス地域にペストという疫病が猛威を振るいました。
この苦難の中、当時の陪席判事を務めていたマルトゥリーという人物が、疫病の鎮静化を心から願い、地域の人々と共に神に誓いを立てました。
その誓いとは、毎年9月1日に市の守護聖人に捧げる特別なミサを行うというものでした。
このミサでは、大司教によって神聖な祝福を受けたカリソンが、参列者に配られたと伝えられています。
カリソンが日本で人気になった理由
こうした深い歴史と文化的背景を持つカリソンが、現代において遠く離れた日本で改めて注目されることになったのは、一冊の文学作品の受賞がきっかけでした。
『南仏プロヴァンスの12か月』の功績
英国で権威ある紀行文学賞を受賞したのは、ピーター・メイル著の『南仏プロヴァンスの12か月』という作品です。
この本は、オリーヴやラヴェンダーの薫りに包まれた豊かな自然、多彩な料理やワインといった食文化、さらには個性豊かな人々の暮らしぶりを繊細な筆致で描いた珠玉のエッセイとして高く評価されました。
この受賞をきっかけに、世界的に南フランスという地域に改めて注目が集まることとなったのです。
南仏文化への関心の高まり
人々の関心が南仏の自然や文化に向けられると、当然のことながら、その地で愛され続けているスイーツや食べ物にも興味が寄せられるようになりました。
そうした中で、エクス・アン・プロヴァンスの特産品であるカリソンが、日本でも広く紹介されることになったのです。
カリソンの普及によってマジパンも人気に
特に注目すべきは、カリソンの主要な材料であるマジパンに対する日本の人々の反応です。
マジパンは、アーモンドと砂糖を主原料とした洋菓子の材料で、ヨーロッパでは古くから親しまれてきましたが、日本ではこれまでそれほど一般的な存在ではありませんでした。
しかし、カリソンの紹介を通じて初めてマジパンの味わいに触れた人々の中から、その独特の風味と食感の虜になり、熱心なファンになったという声が少なからず聞かれるようになりました。
このように、カリソンの普及は、日本においてマジパンという新たな味覚体験をもたらし、遠い異国の文化への理解を深めるきっかけとなったのです。
まとめ
カリソンは、その独特の形状、グラッセとマジパン、ウェファースが織りなす繊細な味わい、そしてロマンティックな逸話や信仰に根ざした深い歴史を持つ、フランス・プロヴァンス地方の特別な銘菓です。
一冊の紀行文学作品が英国で賞を受賞したことをきっかけに、遠く離れた日本でもその魅力が発見され、多くの人々に新しい味覚体験をもたらしました。