2000年前後の日本のお菓子業界において、ある一社の商品が市場に大きな変革をもたらしました。それが、明治製菓(現在の明治)が世に送り出したチョコレート菓子「フラン」です。長年にわたり定番として君臨していた江崎グリコのポッキーに対し、フランは新しい食感で挑み、激しい競争の中で市場全体を活性化させることになります。
フランとは
フランは、細長いビスケットスティックにチョコレートがコーティングされたお菓子です。
フランを特徴づけるのは、そのエアインチョコレートとも呼ばれる、空気を含んだ軽やかなチョコレートコーティングです。
従来のチョコレート菓子が持つしっかりとした食感とは一線を画し、繊細でなめらかな口どけを提供しました。
フランはポッキーに似ている?
形状だけを見ると、細長いビスケットスティックにチョコレートがコーティングされている点で、フランはポッキーに似ていると感じるかもしれません。
しかし、前述のムースタイプのチョコレートという決定的な違いが、フランをポッキーとは異なるカテゴリーの菓子として確立させました。
フランは、ポッキーが築き上げた市場に、新たな食感という価値で挑戦した商品と言えます。
フランの歴史
フランの発祥と市場導入
フランは、明治製菓がポッキーが長年確立していたチョコレート菓子市場に、新たな価値観を提案すべく開発した商品です。本格的な全国展開に先立ち、1998年にテスト販売を実施し、その際に消費者の好意的な反応を得たことが確認されました。この結果を受け、翌1999年には満を持して全国販売を開始しました。
フランの大ブレイク
1999年の全国販売開始後、フランは瞬く間に大ヒット商品となりました。新しいムース食感のチョコレートが消費者の間で大きな話題を呼び、各地の店舗では品切れが続出するほどの人気を博しました。製造ラインをフル稼働させても需要に追いつかない状況は、明治製菓にとって嬉しい悲鳴であったと伝えられています。
チョコレート菓子戦争「フラン vs ムースポッキー」の勃発
フランの本格販売からわずか数か月後の2000年1月、江崎グリコは既存の「ポッキー」ブランドから、フランと同様のムースタイプのチョコレートを使用した「ムースポッキー」を発売しました。これは、フランの成功に対抗する形で、グリコがポッキーの新たなバリエーションとして投入したものです。
これにより、消費者の間では「フラン派」と「ムースポッキー派」に分かれるほどの熱い議論が巻き起こり、新聞、雑誌、テレビなどのマスメディアでも頻繁に取り上げられました。食感、味、パッケージデザイン、価格など、あらゆる面で両者が比較され、まさ国民的な「チョコレート菓子戦争」が勃発したのです。
フランが市場にもたらした変化
新食感が話題を呼び、市場全体が活性化
フランとムースポッキーが登場すると、チョコレート菓子に新しい風が吹きました。「軽やかな口どけ」「ふんわりとしたチョコの質感」—これまでとは全く違う食感が人々の注目を集めたのです。
従来のチョコレート菓子といえば、噛みごたえがありずっしりとした食感が当たり前でした。しかし、ムースチョコタイプの登場でその常識は一変します。消費者の関心は単なる味だけでなく、「食感」や「口どけ」といった繊細な要素にまで広がりました。この変化がチョコレート市場全体を活性化させたのです。
テレビCMや店頭では「くちどけ」「ふわっととろける」といった表現が頻繁に使われるようになり、チョコレートを評価する新たな基準が生まれました。
菓子業界全体に広がった技術革新
ムースタイプのチョコレートをコーティングする製法は、決して簡単ではありません。チョコの温度管理や空気の含ませ方には高度な技術が必要です。
フランやムースポッキーの成功を目の当たりにした他の菓子メーカーも、黙って見ているわけにはいきませんでした。各社が「新食感」や「エアインチョコ」系の商品開発に本腰を入れ始めたのです。
その結果、「エアインチョコレート」「しっとり系チョコレート」など、関連する派生商品が次々と市場に登場しました。菓子全体のジャンルが大きく拡張されたのです。これは単なる真似事ではなく、競争が業界全体を革新へと押し上げた素晴らしい例といえるでしょう。
消費者にとっての「選ぶ楽しさ」の拡大
フランとムースポッキーのヒットは、消費者の買い物体験も変えました。「どちらを買おうか」「今日はどの食感にしようか」—選択の楽しみが生まれたのです。
それまでのチョコレート売り場には、定番の板チョコやクラシックなポッキーが並んでいました。しかし、ムースタイプやふんわり系などの新感覚商品が加わることで、コンビニやスーパーのチョコレート売り場は格段に多様化しました。
この変化は消費者にとって大きな意味を持ちます。商品を選ぶ時間そのものが楽しい体験となり、購買の楽しさを改めて実感させてくれる出来事でした。
まとめ
「フラン」は、単なる新商品の枠を超えて、日本のチョコレート菓子市場に大きな変革をもたらした存在です。そのなめらかなムース食感は、味覚だけでなく“食感”という新たな価値軸をチョコレートに加えました。これにより、消費者の関心は多様化し、メーカー間の健全な競争が業界全体の技術革新へとつながっていきました。
「フラン vs ムースポッキー」の競争は、ただのシェア争いではなく、新しい商品価値を社会に広めるきっかけとなった出来事です。このブームが示したのは、革新的なアイデアと挑戦が、成熟した市場でも新たな風を吹き込めるということ。フランの成功は、競争がいかに市場を活性化させ、消費者に豊かな選択肢をもたらすかを証明したケースといえるでしょう。