おやつカンパニーとは|麺の切れ端から生まれたベビースターの会社

おやつカンパニーとは、三重県津市に本社を置くスナック菓子メーカーです。国民的スナック「ベビースターラーメン」の会社として知られ、カップスナックの「ブタメン」でもおなじみ。その原点は、即席めん作りの現場で出てしまう「麺のかけら」でした。捨てられるはずだった切れ端が、60年を超えるロングセラーへ——もったいない精神が生んだ、日本のおやつ史に残る物語です。このページでは、おやつカンパニーの歩みとベビースターの誕生秘話を掘り下げて紹介します。
おやつカンパニーの基本情報
| 会社名 | 株式会社おやつカンパニー |
|---|---|
| 設立 | 1948年(昭和23年)9月3日(松田産業有限会社として) |
| 創業者 | 松田由雄 |
| 代表者 | 代表取締役社長 横山正志 |
| 本社所在地 | 三重県津市一志町田尻428-1 |
| 資本金 | 1億円 |
| 従業員数 | 451名(2025年7月31日現在) |
| 事業内容 | 菓子・食品製造販売 |
| 主な商品 | ベビースターラーメン、ブタメン ほか |
本社は三重県津市の一志町。都会のオフィス街ではなく、創業の地・三重に本社を置き続けているのが、この会社らしいところです。従業員451名の陣容で、国民的スナックを全国に届けています。
ベビースターラーメンの誕生|麺のかけらの大逆転
捨てるはずの切れ端が、おいしかった
おやつカンパニーの前身・松田産業は、1948年(昭和23年)に三重で生まれ、翌年から麺類の製造を手がけていました。転機は1950年代。即席めんを天日干しで作る過程で、どうしても麺のかけらが出てしまいます。創業者の松田由雄は、これを捨てずに味をつけ、おやつとして社員に配りました。すると「おいしい」と大評判。この切れ端こそが、ベビースターラーメンの原点でした。
10円の「ベビーラーメン」から
1959年(昭和34年)、この味付き麺は「ベビーラーメン」の名で商品化されます。価格はわずか10円。子どもの小遣いで買える駄菓子として爆発的に広まり、1973年に「ベビースターラーメン」へと改名しました。「スター」には、お菓子の星になってほしいという願いが込められているといわれます。そのままポリポリ、砕いてサラダのトッピングに、お好み焼きに混ぜて——食べ方の自由さも、愛され続ける理由です。
参考:沿革|おやつカンパニー
おやつカンパニーのあゆみ年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1948年 | 松田産業有限会社を設立 |
| 1949年 | 麺類の製造を開始 |
| 1959年 | 「ベビーラーメン」を10円で発売 |
| 1973年 | 「ベビースターラーメン」に改名し、20円に |
| 1993年 | 社名を「おやつカンパニー」に変更 |
| 2017年 | 3代目キャラクター「ホシオくん」が誕生 |
麺屋として始まり、切れ端のおやつが本業を塗り替えていく——年表を追うと、その転身ぶりがよく分かるのではないでしょうか。
「おやつカンパニー」という社名の決意
1993年、松田産業は社名を「おやつカンパニー」に変更します。込められたのは、「おやつ文化を創造する企業であり続ける」という決意。社名に「おやつ」を掲げる菓子メーカーは、世界でも珍しい存在です。マスコットも初代「ベイちゃん」から、2017年に選ばれた3代目「ホシオくん」へと世代交代し、時代とともにブランドを更新し続けています。
ブタメンと広がる仲間たち
駄菓子屋の名物「ブタメン」は、お湯を注いで食べるミニカップめん。ベビースターで培った麺の技術を、そのまま「食べる駄菓子」に展開した商品です。ほかにも、ベビースターを太くした「ドデカイラーメン」や、他社とのコラボ商品(わさビーフで知られる山芳製菓との提携など)まで、麺スナックの可能性を広げ続けています。三重県には体験型テーマパーク「おやつタウン」もオープンし、おやつ文化の発信地になっています。
まとめ
おやつカンパニーは、捨てられるはずだった麺のかけらを国民的スナックに変えた、「もったいない」発の菓子メーカーです。10円のベビーラーメンから、社名に「おやつ」を掲げる企業へ——三重の小さな麺工場の機転が、日本の駄菓子文化を代表するブランドを育てました。
ベビースターの名前の由来や提携の話は、本文中の記事で紹介しています。

