パンナコッタの発祥と歴史|日本でのブームの背景
パンナコッタは、イタリア生まれの冷製デザートです。1990年代に日本で大流行し、今ではコンビニスイーツの定番となっています。今回は、パンナコッタがどのように誕生し、どうして日本でブームになったのか、その歴史を詳しく見ていきます。
パンナコッタの発祥起源
| 誕生時期 | 1900年代初頭 |
|---|---|
| 発祥地 | イタリア北部・ピエモンテ州 |
| 地域の特徴 | 酪農業が盛んな地域 |
| 当初の形態 | 家庭菓子として作られていた |
パンナコッタが誕生したのは、1900年代初頭のことです。諸説ありますが、イタリアの北西部、酪農が盛んなピエモンテ州で家庭菓子として作られたのがはじまりだと言われています。
発祥地|ピエモンテ州
ピエモンテ州は、スイスとの国境に位置し、アルプス山脈に近い地域です。気候的にも古くから酪農が盛んに行われていました。トリュフや高級赤ワイン「バローロ」などでも知られる美食の地で、乳製品が食文化に欠かせない要素だったことも、パンナコッタ誕生の背景にあったのでしょう。
誕生の背景
パンナコッタの始まりには、いくつかの説があります。ヨーロッパで食用ゼラチンが生産された19世紀初めに、ハンガリー出身のバレリーナが愛する人を喜ばせるために工夫して作ったという説がひとつです。また、ピエモンテ州ランゲ地方発祥の家庭菓子で、20世紀初頭、ハンガリー出身のバレリーナが恋人のために作ったのがはじまりという説もあります。どちらの説にも共通しているのは、家庭で作られる身近なお菓子だったという点です。
家庭菓子としての役割
| 余った生クリームの活用 | 無駄なく使う知恵として生まれた |
|---|---|
| 家庭での手作り | 各家庭で作られる身近なお菓子だった |
| 別名 | 「北イタリアのおふくろの味」とも呼ばれる |
当初、パンナコッタは家庭で作られるお菓子でした。ピエモンテでは余った生クリームを無駄なく使う知恵として、パンナコッタのようなデザートが家庭で作られてきたのです。各家庭で余った生クリームや牛乳を活用する方法の一つだったことから、「北イタリアのおふくろの味」とも呼ばれるようになりました。
パンナコッタの製法の変化
初期の作り方
当初はゼラチンではなく、卵白の凝固力を利用して固める手法が用いられていました。また、当時は生クリームやゼラチンが普及していなかったため、牛乳やその上澄みをデンプンと一緒に煮込んで固めていたとも言われています。本来のレシピでは、卵白と生クリーム、砂糖を使ったアパレイユ(生地)をオーブンで焼き、冷やして仕上げる焼き菓子でした。
ゼラチンを使う製法への変化
| 変化の内容 | 影響 |
|---|---|
| 冷やすだけで簡単に固まる | 作業が簡単になった |
| 再現性が高い | 誰でも失敗しにくくなった |
| 商品化が容易 | コンビニスイーツや業務用製品への展開が進んだ |
時代の変化とともに、ゼラチンを用いた簡便なレシピが主流になっていきます。この変化は、パンナコッタの普及に大きな影響を与えました。
ゼラチンを使用することで、生クリーム、牛乳、砂糖を合わせて火にかけて、ゼラチンで冷やし固めるという、現在のパンナコッタの製法が確立されました。
現代のパンナコッタの形
現在では、ゼラチンでとろみをつけ、型に流して冷やし固めるタイプのものが一般的です。つるりとした口当たりが特徴の、冷たいクリームデザートとなっています。クリームはコーヒー、バニラ、または他の調味料で香り付けされていることもあります。
パンナコッタの日本への伝来
日本上陸の流れ
| 1992年(平成4年) | サントリーが業務用粉末「即席パンナコッタ」を製造販売開始 |
|---|---|
| 1993年(平成5年) | デニーズがメニュー化、森永乳業がカップ入りを商品化 |
| 1994年(平成6年) | 喫茶店やファミリーレストランで普及、全国的なブームへ |
日本にパンナコッタが伝わったのは、1990年代初頭のことです。まず、1992年にサントリーが粉末の「即席パンナコッタ」を製造販売開始しました。翌1993年には、デニーズがデザートメニューに追加し、森永乳業がカップ入りのパンナコッタを発売しました。この商品化により、パンナコッタというスイーツの名前が日本各地に広まっていきます。
日本での広まり方
パンナコッタは、家庭でデザートやおやつとして手作りされるようにもなりました。生クリームの割合が多いと高カロリーになる上、日本では生クリームは値段が高いために、家庭では牛乳やエバミルクを多く使用することもありました。飲食店ではココットに入って出てくることが多く、つるりんと口の中に入ってくる食感は食後のデザートにもぴったりということで、多くのレストランで見かけられるようになりました。
1990年代のスイーツブーム
イタリア料理ブーム
1990年代は、イタリア料理、いわゆる「イタ飯」ブームの時代でした。パンナコッタは、この流れの中で日本に上陸しています。1990年過ぎからイタリア料理がブームになり、「アンティパスト、プリモ、セコンド、ドルチェ」と皿盛りで少量の料理を、順番通り楽しむというイタリアンレストランの形が広まりました。西麻布のイタリアンレストラン「アルポルト」の片岡さんが始めたのをきっかけに、ほかのシェフが同じことを始めたのです。
海外スイーツブーム
| 1990年 | ティラミス | イタリアのドルチェ、「イタ飯」ブームの象徴 |
|---|---|---|
| 1991年 | クレームブリュレ | フランスのデザート、表面を焦がす斬新さ |
| 1992年 | タピオカ(第一次) | ココナッツミルクと組み合わせたデザート |
| 1993年 | ナタデココ | 独特の食感で話題に |
| 1994年 | パンナコッタ | ティラミスに続くイタリアンデザート |
1990年代前半は、海外スイーツが立て続けに流行した時期でした。この時期は、ヨーロッパやアジアから多彩なデザートが日本に紹介された時代でした。ナタデココやティラミスといった海外スイーツが立て続けに流行する中、パンナコッタもその流れに乗って登場したのです。
ティラミスの影響
1990年から91年にかけて、日本において一大「ティラミスブーム」が起きました。一説によると、雑誌「Hanako(ハナコ)」(マガジンハウス)の1990年4月10日号で、ティラミスの特集が組まれたために、一気にブレイクしたともいわれています。ティラミスによって幕開けした1990年代は、その後もメガトン級のヒットスイーツが登場します。パンナコッタは、ティラミスに続いて流行したイタリアンデザートとして、すでにイタリア料理に親しんでいた人々に受け入れられていきました。
パンナコッタのブームの要因
仕掛け人は不在
多くの食品ブームには、影響力のある企業や著名人の発信など、明確な仕掛け人が存在することが一般的です。しかし、パンナコッタのブームには、そうした発信源がありませんでした。
ブームを生んだ主な要因
| イタリア料理人気の高まり | 「イタ飯」ブームの時代背景 |
|---|---|
| 先行する海外デザートの流行 | ティラミス、クレームブリュレなどの流行 |
| メディアの特集 | 「おしゃれデザート」としての紹介 |
| 手軽さと味わいの両立 | 家庭でも作りやすく、美味しい |
パンナコッタのブームには、以下のような複数の要因が自然に重なったと考えられます。当時のイタリア料理人気の高まり、ティラミスやクレームブリュレなど先行する海外デザートの流行、メディアによる「おしゃれデザート」の特集、手軽さと味わいの両立による家庭受けといった要素です。こうした要素が複合的に作用し、じわじわと浸透していった点が、パンナコッタのブームの特徴です。
「パンナコッタ、なんてこった!」
「パンナコッタ、なんてこった!」というダジャレがテレビや雑誌で使われ、印象的なフレーズとして知名度が一気に広まりました。語呂の良さと覚えやすさが、パンナコッタという言葉を人々の記憶に残したのです。
レストランでの普及
| 利点 | 内容 |
|---|---|
| 作り置きが可能 | 忙しくない時間帯に作ることができる |
| 失敗しづらい | 料理が苦手な人でも扱いやすい |
| 時間がかからない | 時間がない人でも扱いやすい |
ドルチェといえば、作り置きできるパンナコッタを作るコックが多かったことも、提供される機会が自然と増えたことで多くの人に親しまれ、火が付いた要因となったと言われています。イタリアでは元々家庭で出されるスイーツなので、ティラミスより遅れてレストランで出されるようになりました。作り置きできることで、食後のドルチェとして用意されることが多かったのです。
パンナコッタの魅力
材料のシンプルさ
パンナコッタの材料は生クリーム、牛乳、砂糖、ゼラチンと、シンプルなものです。材料がそろえやすいのが魅力となっています。家庭でも比較的手に入りやすい材料だけで作れるため、多くの人が挑戦しやすいデザートでした。
作り方の簡単さ
パンナコッタは、鍋に牛乳、生クリーム、砂糖を煮て、ゼラチンを入れて冷やし固めるだけと、簡単に誰でも失敗せずに作ることができます。これは家庭でも広まった理由だと考えられます。特別な技術や道具を必要とせず、手順も分かりやすいため、お菓子作り初心者でも挑戦しやすいのです。
アレンジの自由度
パンナコッタは、ベリーソースやキャラメルソース、チョコレートソースなど、好みのトッピングで味を変えることができます。コーヒーを加えたり、抹茶パウダーを使ったり、フルーツピューレを加えたりと、様々なアレンジが可能です。この「味変」ができる点も、飽きずに食べたいという人にマッチする特性でした。
イタリアと日本の違い
イタリアでのパンナコッタ
現在、イタリアのケーキ屋で、パンナコッタが並んでいることはまずありません。パンナコッタを見かけるのは、バールかトラットリアくらいです。イタリアンドルチェは、家庭でマンマが手作りするお菓子がベースになっているため、イタリアでパンナコッタを食べるのは、友人の家庭に招待されて、自家製手作りパンナコッタをごちそうになるときが多いようです。
日本での展開
パンナコッタは家庭での手作りが基本のスイーツだったため、イタリアでは日本ほど商業化されていません。日本では逆に、コンビニスイーツやファミリーレストランのメニューとして定着し、誰でも手軽に楽しめるデザートとなっています。この違いは、それぞれの国の食文化や消費スタイルの違いを反映しているといえるでしょう。
パンナコッタブーム後の定着
コンビニスイーツとしても定着
パンナコッタは、ブーム後もコンビニデザートの定番として残りました。1994年に流行したパンナコッタは、ティラミスに続いて流行したイタリアンデザートで、いまやコンビニデザートの定番となっています。一時的なブームで終わらず、長く愛されるスイーツとして定着したのです。
家庭でも手作りされる
ブームをきっかけに、家庭でデザートやおやつとして手作りされるようにもなりました。時短、失敗知らず、味変ができると魅力の広いパンナコッタは、現在も家庭で手軽に楽しめるスイーツとして広く親しまれています。レシピ本やインターネット上にも多くのレシピが公開され、誰でも気軽に挑戦できる環境が整っています。
まとめ
パンナコッタは、1900年代初頭にイタリア北部のピエモンテ州で誕生した家庭菓子です。酪農が盛んな地域で、余った生クリームを活用する知恵として生まれました。当初は卵白やデンプンを使って固めていましたが、時代とともにゼラチンを使う製法が主流となり、誰でも簡単に作れるデザートへと進化しました。
日本には1990年代初頭に上陸し、1992年にサントリーが業務用粉末を、1993年に森永乳業がカップ入り商品を発売しました。1994年には全国的なブームとなり、喫茶店やファミリーレストランで広く提供されるようになります。このブームの背景には、イタリア料理人気の高まり、ティラミスなど先行する海外デザートの流行、メディアの特集、そして手軽さと味わいの両立といった複数の要因がありました。
明確な仕掛け人はいなかったものの、これらの要素が複合的に作用し、じわじわと浸透していったのです。「パンナコッタ、なんてこった!」という印象的なフレーズや、作り置きができるというレストラン側の都合、材料のシンプルさ、作りやすさ、アレンジの自由度といった魅力が、パンナコッタを多くの人に愛されるデザートにしました。ブーム後も一過性で終わることなく、コンビニスイーツの定番として、また家庭で手軽に楽しめるデザートとして定着し、今でも広く親しまれています。




