丸亀製麺が展開する「丸亀うどーなつ」を中心とした経営戦略

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目次

南雲克明氏が掲げるマーケティングテーマ

外食チェーンのマーケティングを考えるとき、まず「どうやって新しい商品を出して売上を伸ばすか」という発想をしがちです。

しかし、トリドールホールディングスで執行役員CMO兼丸亀製麺常務取締役マーケティング本部長を務める南雲克明氏が取り組んでいるのは、それとは異なる方向性を持つマーケティングです。

南雲氏は「予定調和をいかに外せるか」を自身のテーマとして掲げています。

予定調和を外すというのは、顧客が予想する範囲内のことをするのではなく、良い意味で期待を裏切り、驚きを提供するということです。これは、顧客に飽きさせず、常に新鮮なブランドイメージを持ってもらうための戦略的な考え方です。

この考え方を具体的な形にしたのが、2024年6月に発売された「丸亀うどーなつ」という商品です。うどん店がドーナツを販売するという発想自体が既に意外性を持っています。

丸亀うどーなつの商品特徴

「丸亀うどーなつ」は、単なるドーナツではなく、店舗で手づくりされ、しかもうどん粉から作られているという特徴があります。

うどん粉を使うことで、従来のドーナツとは異なるもちもちとした食感が生まれました。

この食感は、うどん専門店である丸亀製麺の技術や素材を応用した結果であると言えます。

丸亀うどーなつの市場波及効果

「丸亀うどーなつ」の登場は、ドーナツ市場全体にも影響を与えました。

2025年6月には、ドーナツチェーンであるミスタードーナツが、もち粉と米粉を使用した「もっちゅりん」という商品を発売しました。

この商品は店舗に行列ができるほどの反響を呼びました。

つまり、うどーなつの登場によって、食感にこだわったドーナツという新しい商品カテゴリーへの関心が市場全体で高まったと見ることができます。

これは、丸亀製麺の施策が業界全体に影響を与えた一つの例です。

丸亀製麺のマーケティングの基本的な考え方

なぜ丸亀製麺はこのような商品を開発できたのでしょうか。

それを理解するには、同社のマーケティングの基本的な考え方を知る必要があります。

丸亀製麺のマーケティングは二つの軸で構成されています。

二つの軸「人のぬくもりある食体験」「驚きとわくわく」

一つは「人のぬくもりある食体験」を提供することです。

もう一つは「驚きとわくわく」を提供することです。

この二つの軸は、単なる思いつきではありません。

生活者調査、つまり実際の消費者の声や行動を調べる調査から得られた発見に基づいています。

マーケティングの世界では、このような消費者の深層心理や本質的な欲求のことを「インサイト」と呼びます。

丸亀製麺は、消費者が本当に求めているのは単に空腹を満たすことだけではなく、人とのつながりを感じられる温かみのある体験と、日常に小さな驚きや楽しさをもたらすことだと理解したのです。

そして、この二つの軸に三つの要素を具体的な施策に掛け合わせています。

二つの軸に掛け合わせる三つの要素

エンターテインメント性

エンターテインメント性とは、食事を単なる栄養補給の行為としてではなく、楽しい時間として演出するということです。

食事をするお客様に、ワクワクする気持ちや期待感、そして驚きを提供することを目指しています。

たとえば、目の前でうどんを打つ職人の姿を見せるなど、食事を待つ時間や食べる時間に楽しさを加える工夫を指します。

人の力

人の力とは、機械やシステムだけに頼るのではなく、人が関わることで生まれる価値を大切にするということです。

効率化を優先して全てを機械に任せるのではなく、従業員がお客様と直接関わり、その場で生まれる温かいコミュニケーションやサービスを重要視します。

これは、マニュアルだけでは提供できない、人間ならではの細やかな配慮や、温かいおもてなしの気持ちを意味します。

五感への訴求

五感への訴求とは、味覚だけでなく、お客様の持つ五つの感覚に同時に働きかけるということです。

具体的には、見た目(盛り付けや彩り)、香り(出汁や揚げ物の香り)、(麺を打つ音、天ぷらを揚げる音)、そして触覚(手触りや食感)といった、複数の感覚に働きかけます。

これにより、食事の体験をより豊かで印象深いものにすることを目指しています。

具体的な施策への落とし込みの例

これらの考え方を具体的な施策に落とし込んだものが、「うどーなつ」の販売だけでなく、麺職人を全店舗に配置することや、オープンキッチンで調理の様子を見せること、ワカメなどのトッピングを無料で提供することなどです。

麺職人が目の前で麺を打つ様子を見られることで、エンターテインメント性が生まれ、人の力を感じられます。

オープンキッチンは調理の音や香りを伝え、五感への訴求につながります。

ワカメの無料提供は、顧客に対する温かさやサービス精神を感じさせます。

丸亀うどーなつ開発の目的「新規顧客の獲得」

うどん店というと、どうしても「お腹を空かせたサラリーマンが昼食や夕食を食べに行く場所」というイメージが強くなりがちです。

しかし、それだけでは顧客層が限られてしまいます。

そこで、これまであまり丸亀製麺を利用していなかった層に来店してもらう必要があったのです。

丸亀製麺が獲得を目指したのは、女性子ども若年層といった新規顧客層でした。

うどーなつという、うどんとは異なる商品を投入することで、これらの層に新しい来店理由を提供することを狙いました。

テストマーケティングによる成功の確信

この目標を達成するための施策として、南雲氏のチームが最も効果が高いと判断したのが「うどーなつ」でした。

判断の根拠となったのはテストマーケティングの結果です。

テストマーケティングとは、商品を本格的に販売する前に、限られた範囲で試験的に販売してみて、顧客の反応を確かめる手法です。

うどーなつのテストマーケティングでは長蛇の列ができるほどの反応があり、南雲氏は成功の手応えを感じたといいます。

丸亀うどーなつの販売実績

「丸亀うどーなつ」の実際の販売結果は、当初の予測を裏付けるものでした。

発売から3カ月で約700万食を販売し、丸亀製麺にとって史上最大の販売数を記録する商品となりました。

2025年9月時点では2000万食を販売しています。

この数字は、うどん店が提供するサイドメニューとしては異例の成果です。

主要商品の売上への間接的な貢献

うどーなつがもたらした価値は販売数だけではありません。

うどんや天ぷらといった主要商品の売上にも間接的に貢献しているのです。

カテゴリー・エントリー・ポイント(CEPs)の創出

これは、うどーなつを買いに来た顧客が、ついでにうどんも注文したり、うどーなつで丸亀製麺を知った人が別の機会にうどんを食べに来たりするということです。

マーケティングの世界では、このような新しい顧客との接点を作ることを「CEPs(カテゴリー・エントリー・ポイント)の創出」と呼びます。

CEPsとは、生活者が商品やサービスを思い出し、そのブランドを選択してもらう入り口となるものを指します。

うどーなつは、丸亀製麺のブランドへの新しい入り口の役割を果たしました。

来店時間帯の変化

従来、人々が小腹を満たしたいと思ったとき、選択肢として思い浮かぶのはコンビニエンスストアやファストフード店でした。

しかしうどーなつの登場によって、「ちょっとおやつが食べたい」というときの選択肢に丸亀製麺が加わったのです。

その結果、午後3時から6時という、昼食と夕食の間のアイドルタイムにも顧客が訪れるようになりました。

夜の時間帯の集客も増えました。

顧客層の変化

そして狙い通り、女性や子連れのファミリー層、若年層といった新規顧客層の来店が増加したのです。

これは、顧客層の多様化と利用機会の拡大に成功したことを示しています。

南雲氏が考えるマーケターの役割と持続的成長

丸亀製麺は、うどーなつ以前にも「丸亀うどん弁当」などの商品で成功を収めてきました。

その結果として、2022年から2024年にかけて3年連続で過去最高売上高を更新し続けています。

しかし南雲氏の視点は、目の前の成功だけに留まっていません。

南雲氏は、短期的な施策も当然仕込むけれども、CMOとしての最も大切な仕事は5年後の丸亀製麺をどのように形作るかを考えることだと語っています。

南雲氏の考える優れたマーケターとは、持続的に数字を上げてブランドを成長させられる人のことです。

短期的な売上施策の問題点

1年だけ数字を上げるのであれば、新商品を次々に投入したり、大規模な割引キャンペーンを実施したりすれば、一時的に売上を伸ばすことは可能です。しかしそのようなやり方には大きな問題があります。

従業員の疲弊と顧客体験(CX)の低下

問題は現場の従業員が疲弊してしまうことです。

新商品が出るたびに新しい作業を覚えなければならず、キャンペーンの度に対応に追われます。

その結果、顧客に対して丁寧な接客をする余裕がなくなり、顧客体験、つまりCXが低下してしまいます。

CXは**「カスタマー・エクスペリエンス」**の略で、顧客体験と訳されます。

これは、顧客が商品やサービスを利用する際に得られる体験全体のことを指します。

顧客体験向上の鍵となる従業員体験(EX)の向上

南雲氏が重要だと考えているのは、ブランドの強みを生かした勝ち方と、持続的に成長できるプロセスを発見することです。そしてそのために現在特に力を入れているのが、従業員体験、つまりEXの向上なのです。

EX(エンプロイー・エクスペリエンス)の定義

EXは「エンプロイー・エクスペリエンス」の略で、従業員体験と訳されます。

これは、従業員が職場で働く際に得られる体験全体のことです。

給与や労働時間といった待遇面だけでなく、職場の人間関係、仕事のやりがい、成長の機会、会社からの評価や感謝の伝え方など、あらゆる要素が含まれます。

南雲氏がEXに注目する理由

なぜ南雲氏はCMOでありながらEXに注目するのでしょうか。

一般的に飲食店の従業員には「安い」「きつい」というイメージが根強く、誇りを持って働けるという実感を持ちにくい人もいるからです。

もし従業員が仕事に対して否定的な感情を抱いていれば、それは自然と接客態度にも表れてしまいます。

そして顧客は、そのような雰囲気を敏感に感じ取り、また来たいという気持ちが薄れてしまう恐れがあるのです。

持続的な成長に不可欠な内発的動機の重要性

南雲氏は「予測不能なほど大きな成長を達成するには、従業員の内発的動機を高めることが必要だ」と語っています。これは、従業員が自発的に良い仕事をしたいと思う意欲が、成長の原動力になるという考えです。

動機には大きく分けて二つのタイプがあります。一つは外発的動機で、これは外部からの報酬や強制によって生まれる動機です。たとえば「給料がもらえるから働く」といったものです。

もう一つが内発的動機で、これは自分自身の内側から湧き上がる動機です。「この仕事が楽しい」「お客様に喜んでもらえることが嬉しい」といった感情から生まれる動機です。

内発的動機が高い従業員は、指示されなくても自ら工夫し、顧客により良い体験を提供しようとします。逆に外発的動機だけで働いている従業員は、最低限のことしかしない傾向があります。

つまり、持続的な成長のためには、従業員の内発的動機を高めることが不可欠なのです。

従業員体験を重視した具体的な施策

丸亀製麺は、顧客体験の向上の鍵は従業員体験にあるという考えのもと、具体的な施策を本格的に加速させています。

従業員向けアプリ「ハピ→カン!コミュニティ」の提供

丸亀製麺は、2024年7月から従業員向けアプリ「ハピ→カン!コミュニティ」の提供を開始しました。これは従業員同士が交流したり、情報を共有したりできるプラットフォームです。

このアプリの提供と並行して、統合マーケティング支援を手がけるサイカという企業と協力し、ある分析を行っていました。

その分析とは、従業員の内発的動機の高まりが顧客体験の向上とリピーターの増加につながるかどうかを検証することです。

分析の結果は明確でした。

従業員体験が高まると顧客体験も向上し、売上も伸びるという数値的な相関関係が確認されたのです。

この客観的な裏付けを得て、丸亀製麺は2025年から従業員体験を重視した戦略を本格的に加速させることを決めました。

従業員の家族を支援する家族食堂制度の設置

具体的な施策の一つ目は、従業員の15歳以下の子どもが利用できる家族食堂制度の設置です。

これは、従業員本人だけでなく、その家族も支援することで、従業員の安心感を高めることを目指したものです。

子育て中の従業員にとって、子どもの食事は日々の大きな関心事です。

この制度によって、経済的な負担が軽減されるだけでなく、会社が自分の家族のことまで考えてくれているという実感を持つことができます。

音声対話型AIを活用した「ハピネススコア」の導入

具体的な施策の二つ目は、「ハピネススコア」の導入です。

これは国内で初めてとなる、音声対話型AIを活用したインタビューシステムです。

このシステムを使って、従業員一人ひとりの心の状態を可視化し、その結果をもとに店舗全体の従業員体験の状態を測ることができます。

従業員の声を把握するシステムの必要性

丸亀製麺では以前から、顧客が店舗での体験をどう感じたかをすぐに把握できるシステムを整備していました。

しかし、従業員の心の状態を即座に把握するシステムはありませんでした。

顧客の声は聞こえるのに、従業員の声は聞こえにくいという状況だったのです。

ハピネススコアの開発によって、この問題が解決されました。

AI対話形式の仕組みとその意図

具体的な仕組みはこうです。

従業員は、うどーなつのキャラクター「るんもっち」に扮した音声対話型AIと会話をします。

AIが従業員に質問し、従業員が音声で答えるという形式です。

なぜキャラクターとの対話という形式にしたのでしょうか。

一つは、対話形式のほうが直感的で楽しく回答できるからです。

もう一つは、人には言いづらい本音も、キャラクターが相手なら話しやすくなるという心理的な効果があるからです。

内発的動機を生む四つの要素の測定

このシステムで従業員一人ひとりの状態を測定し、それを集約することで店舗全体の従業員体験を数値化して把握することができます。

従業員の内発的動機を生むのは、エンゲージメント調査などから導き出された「安心感」「つながり感」「貢献実感」「誇り」という四つの要素だということです。

ハピネススコアは、この四つの要素をそれぞれ測定するように設計されています。

ダッシュボードによる情報の可視化とAIによるアドバイス

このハピネススコアは、顧客の満足度を表すスコアや売上のデータと共に、2025年12月に運用開始予定のダッシュボードに表示されます。

ダッシュボードとは、複数の情報を一つの画面にまとめて表示する仕組みのことです。

店長はこのダッシュボードを見ることで、自分の店舗の従業員体験、顧客体験、売上の状態を一目で把握できます。

さらにこのダッシュボードには、各店舗の成功事例などをインプットしたAIによるコメントも表示されます。

店長はこれらの情報を参考にして、従業員体験と顧客体験を向上させる施策を考えることができます。

ユーザーインターフェースとユーザーエクスペリエンスへの配慮

ダッシュボードなどの画面の設計や使い勝手については、特に配慮がなされています。

使うこと自体が内発的動機を引き出せるよう工夫されており、さまざまな年代の従業員が抵抗なく使えることを目指しています。

店長職の役割を見直す組織改革

具体的な施策の三つ目は、店長職の役割を根本から見直すというものです。

従来の店長職の業務とその問題点

これまでの店長職には、シフト作成や発注業務といった事務的な作業に多くの時間が奪われ、本来最も時間をかけるべき人とのコミュニケーションが疎かになっていました。

これが従業員体験と顧客体験を低下させる原因の一つになっていたのです。

新しい役職「ハピカンオフィサー」の創設

そこで丸亀製麺は、これまで店長が担っていたシフト作成や発注業務といった事務的な作業を、副店長クラスに移管しました。

そして社内資格に合格した店長は**「ハピカンオフィサー」**という新しい役職に就き、従業員体験と顧客体験を考える役割に徹することになります。

ハピカンオフィサー育成研修の設計思想

オフィサーになるためには社内研修を受け、資格試験に合格する必要があります。

この研修の設計には、あえてマニュアルを用意していません

研修では、さまざまなエリアの繁盛店を視察し、繁盛のポイントや来店者のインサイトを、オフィサー候補生自らが探り、考えるのです。

このような研修設計の意図は、感動体験をつくるとはどういうことか、その根底にある思想を深く理解し、そこから具体的なアクションを自ら考えられる人材を育成したいということです。

2025年9月時点では6人がハピカンオフィサーを目指して研修中で、11月に任命式が予定されています。

役割の変化がもたらす成果

南雲氏は、店を繁盛させるという目的自体は変わらないが、そこに至るプロセスと成果の大きさが変わると説明しています。

顧客の感動体験をつくることが仕事になると、どうすれば顧客が「来て良かった」と心から思えるか、どうすれば従業員が誇りを持って働けるかを考えるようになります。

処遇の改善と優秀な人材の確保

さらに、ハピカンオフィサーには四つの等級が設けられ、グレードを上げるための社内研修制度も整備されます。

そして最上級グレードのオフィサーの年収を最大2000万円に設定することが決まっています。

これは飲食業界では異例の高額です。

この設定には、優秀な人材を獲得し、定着させたいという明確な狙いがあります。

丸亀製麺が推進する心的資本経営

ここまでの話を振り返ると、丸亀製麺が推進しているのは、従業員と客の心を動かすことを主眼にした「心的資本経営」だということが分かります。

心的資本とは、人の心や感情を資本、つまり価値を生み出す源泉として捉える考え方です。

効率化が求められる外食チェーン業態において、「人の心」という、数値化しにくく、定性的なものに重きを置くことで、独自のブランドポジションを築いてきたのです。

AI時代における差別化の鍵

南雲氏は、心的資本経営の重要性は今後さらに高まると考えています。

その理由はAIの発展にあります。

AIによって、多くの業務が自動化され、似たようなアウトプットが簡単に作れるようになります。

そのような時代において、ブランドの強さを決めるのは独自性エモーショナルな価値、つまり感情に訴える価値だと南雲氏は考えています。

機械やAIが真似できないのは、人間の感性や感情です。

従業員が心を込めて接客すること、顧客が温かさや楽しさを感じること、こうした感情的な体験こそが、AI時代における差別化の鍵になります。

マーケティングと人事領域の統合

南雲氏はCMOという立場でありながら、人事制度の刷新という人的資源の領域にまで踏み込んでいます。

通常、CMOはマーケティングや広告宣伝を担当し、人事制度は人事部門の仕事ですが、南雲氏にとって、両者は切り離せない関係にあります。

なぜなら、ブランドをつくっているのは従業員一人ひとりだからです。

うどーなつが示す好循環の仕組み

この考え方は、「丸亀うどーなつ」の販売を通じても裏付けられています。

うどーなつは、仕込みに手間がかかる商品です。

しかし実際には、うどーなつは発売から1年以上経った今でも継続的に販売されています。

それは、顧客から「うどーなつが食べたい」と待ち望まれている声を従業員が直接聞いているからです。

自分が手間をかけて作った商品を顧客が喜んでくれる、そのことが従業員の貢献実感と誇りを生み出しています。

このように、従業員体験の高まりが顧客体験を向上させ、高まった顧客体験によってさらに従業員体験が高まるという好循環が生まれているのです。

この好循環こそが、持続的な成長の鍵だと言えます。

前例のない挑戦と緻密な準備

丸亀うどーなつの販売は、当初社内で反対の声が多かったといいます。

これは、新しい設備や教育コストがかかる上、うどん店がドーナツを売るという前例のない試みであり、リスクが大きすぎると考えられたからです。

こうした新規性の高い商品や、人の感情に振り切ったマーケティングなど、前例のない施策には常にリスクが伴います。

しかし南雲氏は、前例がないからこそ価値があると考えています。

他社の成功事例を真似るのではなく、独自の道を切り開くことで、まねごとではない本物の価値が生まれるという考えです。

「勝てる戦いしかしない」ための準備

南雲氏は「新商品のローンチなどの大きい勝負では勝てる戦いしかしない」と明言しています。

これは、アイデアの段階では大胆で前例のないものであっても、実行に移す前に綿密なデータ分析と検証を行い、成功の確率を高めてから勝負に出るということです。

具体例として、南雲氏はワカメの無料提供について語っています。

ワカメを無料にするという施策を実施する際も、社内では不安の声が上がりましたが、南雲氏には勝算がありました。

それはテストマーケティングの結果に基づくものでした。

テストの段階で、ワカメを無料にすると、ネギを取る量が減るということが分かっていたのです。

ネギは、ワカメよりも原価が高い食材でした。

つまり、ワカメを無料にすることで、むしろ全体としてコストを抑えられるという試算があったのです。

社内を巻き込むためのコミュニケーション戦略

どんなに優れた戦略やアイデアも、実行する人々の理解と協力がなければ実現しません。

南雲氏は、社内には様々なタイプの人がいることを理解し、それぞれのタイプに合わせて異なるコミュニケーションを取ります。

感性派の人に対しては、顧客の心理や体験に焦点を当てた説明をして、共感と期待を引き出します。

一方、数値を重視するロジカル派の人に対しては、テストマーケティングの具体的なデータと、原価は上がらないという試算を示して、リスクが管理されていることを理解してもらいます。

南雲氏は、こうやって社内をちゃんと見て巻き込むことも重要だと語っています。

南雲氏の経歴と感動ドリブンマーケティング

南雲氏のマーケティングに対する深い理解と実践力の背景には、その経歴と独自の手法があります。

南雲氏は早稲田大学大学院商学研究科を修了し、MBA(経営学修士)を取得しています。

その後、コナミスポーツ、サザビーリーグなど、消費者向けビジネスを展開する複数の事業会社において、様々なブランドのマーケティング責任者を歴任してきました。

2018年にトリドールホールディングスに入社し、2022年より現職に就いています。

感動ドリブンマーケティングという手法

南雲氏が推進しているのは「感動ドリブンマーケティング」と呼ばれる独自の手法です。

ドリブンとは「駆動される」「推進される」という意味で、何かを中心に据えて物事を進めることを指します。

つまり感動ドリブンマーケティングとは、感動を起点として、そこからすべてのマーケティング活動を展開していく考え方です。

この手法の特徴は、感性とデータサイエンスの両側面を活用することです。

感性によって、顧客の心を動かす体験のアイデアを生み出します。

そしてデータサイエンスによって、そのアイデアが実際に効果を持つかを検証し、最適化していきます。

この両輪によって、持続的に選ばれる確率を高めることができるのです。

丸亀製麺の取り組みが示す経営ビジョン

マーケターは、ブランドの存続を担う存在です。

本当に重要なのは、5年後、10年後もそのブランドが顧客から選ばれ続けることです。

ブランドをつくっているのは、店舗で働く従業員一人ひとりの行動、言葉、表情が、顧客にとってのブランド体験そのものです。

丸亀製麺の挑戦は、うどーなつという商品のヒットや、3年連続の過去最高売上更新という具体的な成果として結実しています。

南雲氏の取り組みは、AI時代におけるマーケティングと経営の一つの方向性を示しています。

技術が進化し、多くのことが自動化される時代だからこそ、人間にしかできない価値、つまり感性や感情に基づく体験の創造が、ますます重要になっていくという考え方です。

そしてその実現のためには、顧客だけでなく従業員の心にも向き合い、組織全体で持続的な成長を目指す仕組みを作ることが必要だという、包括的なビジョンが示されています。

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