ヴィジタンディーヌとは|歴史・名前の由来・フィナンシェとの違い
ヴィジタンディーヌは、フランス発祥の焼き菓子です。日本ではあまり知られていませんが、実は誰もが知っているフィナンシェの原型となったお菓子なのです。今回は、ヴィジタンディーヌの歴史や名前の由来、フィナンシェとの違いについて詳しく見ていきます。
ヴィジタンディーヌとはどんなお菓子か
ヴィジタンディーヌとは、アーモンドプードル、卵白、砂糖、小麦粉、バターを合わせて作る小さな焼き菓子のことです。フランスの北東部に位置するロレーヌ地方の郷土菓子で、17世紀の修道院で作られるようになりました。
ナンシーという町の名物
フランスの北部に位置する町ナンシーの名物となっています。19世紀半ばに創業したお菓子屋さんルフェーブル=ルモワン(LEFEVRE-LEMOINE)では、1840年以来ヴィジタンディーヌを製造しています。今でもナンシーの特産として、ヴィジタンディーヌ・ド・ナンシー(Visitandine de Nancy)と呼ばれています。
見た目・形・味わい
一般的には丸型やバルケット型(舟形)で作られています。ナンシーでは花型で作られることもあります。小麦粉に砂糖、アーモンドプードルを合わせ、卵白と焦がしバターを加えて作るお菓子で、フィナンシェに似た構造を持っています。焦がしバターの風味とアーモンドの味わいが特徴のお菓子です。
ヴィジタンディーヌという名前の意味
| フランス語 | 読み方 | 意味 |
|---|---|---|
| Visitandine | ヴィジタンディーヌ | 修道女(ヴィジタシヨン修道会の) |
| Visitation | ヴィジタシヨン | 訪問、聖母訪問 |
ヴィジタンディーヌ(Visitandine)は、フランス語で「修道女」という意味を持つ言葉です。より正確には、ヴィジタシヨン修道会(Visitation)の修道女の名前に由来しています。この修道会で務める修道女は「ヴィジタンディーヌ」と呼ばれました。
ヴィジタシヨン修道会の修道女が考案したお菓子だったため、このお菓子のこともヴィジタンディーヌと名付けられました。「マリア様のお菓子」とも言われています。修道女たちの呼び名がそのままお菓子の名前になったのです。
ヴィジタシヨン修道会の設立
1610年、フランス東部に位置するアヌシーで、フランシスコ・サレジオと貴族夫人のジャンヌ・ド・シャンタルによってヴィジタシヨン(Visitation)女子修道会が創設されました。ヴィジタシヨン修道会は「聖マリア訪問修道会」とも訳されます。1651年には、この修道会では87の修道院が設立されていました。
ヴィジタンディーヌが生まれた歴史
修道院で肉が食べられなかった理由
| 宗教的理由 | 肉は欲望の象徴、禁欲と純潔を重んじるため |
|---|---|
| 精神的理由 | 世俗からの断絶や清貧の証 |
| 医学的理由 | 肉は熱や湿を生み、気質を乱すと考えられた |
| 現実的理由 | 肉は入手が難しく、保存も難しかった |
ヴィジタシヨン修道会は「厳しすぎない修道会」として創設されましたが、修道生活の根本的しるしとして肉食禁止だけは守られました。この考えは6世紀の聖ベネディクトの「修道士は獣肉を食べない。ただし病人や虚弱者には与えてよい」という戒律から始まりました。この伝統は後の修道会にも強い影響を与え、中世から近世でもこの規範を引き継ぎ、「魚・卵・乳製品は可だが、獣肉は不可」とされています。
また一方、肉は中世社会で贅沢品とされ、権力者や裕福層の食べ物でした。修道者が肉を避けることは世俗からの断絶や清貧の証を意味していました。
アーモンドと卵白でタンパク質を補う
そのため、タンパク質を補うためにアーモンドと卵白を使ったお菓子が作られました。実際に、アーモンドには100グラム中21グラム、卵白には11グラムとタンパク質を豊富に含んでおり、肉の代用品になるということが分かります。肉を食べられない修道女たちにとって、アーモンドと卵白は貴重な栄養源だったのです。
余った卵白を活用する知恵
当時、教会に飾る宗教絵画は、卵黄を使用した絵具を使用しており、大量の卵白が余っていました。その余っていた卵白を使用して修道女が焼いたお菓子が「ヴィジタンディーヌ」です。当時はバターもアーモンドも高価であり、ヴィジタンディーヌは修道院でこそ作られる独自のお菓子だったと考えられます。
卵黄は何に使われたのか
| 絵画の材料 | 宗教絵画の絵具として使用 |
|---|---|
| 布や典礼用品の手入れ | 天然の糊として機能、祭服をパリッとさせる効果 |
| 薬や化粧品 | 火傷や乾燥肌の治療用の軟膏の材料 |
| 料理 | ソース、クリーム、カスタードクリームなど |
修道院では卵黄を絵画の材料、布や典礼用品の手入れ、薬や化粧品、料理として用いたことが記録に残っています。当時、教会に飾る宗教絵画は、卵黄を使用した絵具を使用していました。
また、17世紀のフランスの修道院・教会や民間の生活について書かれている文献には、修道服や典礼用の布の手入れに卵黄が使われたという記述があります。卵黄にはタンパク質と脂質が含まれており、乾くと膜状に固まって布をパリッとさせる効果があります。いわば「天然の糊」として機能し、典礼用のヒダのある祭服や白衣をきれいに保つために用いられました。
何も無駄にしない生活の知恵
つまり、修道女たちは卵白をお菓子に、卵黄を布や典礼用品の手入れ、薬、料理に用いることで、余すことなく活用していたのです。このお菓子を作るために卵黄が余ったのではなく、卵黄を生活に必要な服の手入れ、薬、料理に用い、それで残った卵白を何かに利用しようと考え、生まれたのがこのお菓子でした。
ヴィジタンディーヌの商品化
19世紀にナンシーで売られるようになった
17世紀に修道院で生まれたヴィジタンディーヌですが、19世紀に入ると商品化されるようになります。おそらく、ロレーヌ地方やナンシーにある修道院でこのお菓子が作られ、そのおいしさが評判を呼び、多くの店でこのお菓子が作られるようになったのでしょう。
ルフェーブル=ルモワンでの製造
そのひとつが前述のルフェーブル=ルモワン(LEFEVRE-LEMOINE)で、この店では1840年より作られるようになりました。ヴィジタシヨン修道会の修道女が考案したので、このお菓子のことをヴィジタンディーヌと名付けたのです。このお菓子屋さんは19世紀半ばに創業し、今でもナンシーでヴィジタンディーヌを製造し続けています。
パリでのフィナンシェの誕生
パリの証券取引所近くでの変化
17世紀に修道院で生まれて、1840年に商品化されたヴィジタンディーヌですが、ついに大都会パリに進出することになります。1890年代、パリ証券取引所(Bourse)近くに店を構えた菓子職人ラスン(Lasne)がヴィジタンディーヌを金塊の形にすることを思いつきました。彼はそれを「フィナンシェ」と名付けました。フィナンシェ(Financier)とは「金融資本家」という意味です。
19世紀末のパリの様子
| 産業革命後 | パリでは都市化が進んでいた |
|---|---|
| 金融業の発展 | 証券業が盛んになり、証券取引所周辺には多くの銀行家が集まった |
| ビジネスマンの需要 | 忙しいビジネスマンたちは、短時間で食べられる手軽で美味しいお菓子を求めた |
19世紀末の時代は産業革命が起こった後で、パリでは都市化が進んでいました。金融業や証券業が盛んになり、証券取引所周辺には多くの銀行家が集まりました。忙しいビジネスマンたちは、短時間で食べられる「手軽で美味しいお菓子」を求めていました。そこで考案されたのが手づかみで食べれる小さなお菓子でした。
修道院のお菓子が都会のお菓子に変わった
修道院で生まれた「ヴィジタンディーヌ」を原型にしつつ、形を金塊のように変え、金融街の客に売り出しました。余った卵白で作ったお菓子が、修道女から都会のパティシエへと受け継がれていきました。大都市パリで作られたこともあり、フィナンシェのほうは広く知られていますが、ヴィジタンディーヌが先祖です。
ヴィジタンディーヌとフィナンシェの違い
使う材料はほぼ同じ
ヴィジタンディーヌもフィナンシェも、ほぼ同じ材料を使用します。薄力粉、アーモンドプードル、砂糖、焦がしバター、卵白という基本的な材料は共通しています。材料だけを見ると、この二つのお菓子は同じものに見えるかもしれません。
作り方で大きな違いがある
| 項目 | ヴィジタンディーヌ | フィナンシェ |
|---|---|---|
| 卵白の扱い | 卵白の一部を泡立ててメレンゲにする | 卵白を泡立てずにそのまま使用 |
| 食感 | ふわっと軽い口あたり | しっとりと濃厚 |
レシピの大きな違いは、フィナンシェが生地に卵白を合わせるのに対して、ヴィジタンディーヌは卵白を泡立てて混ぜるのが特徴です。フィナンシェは卵白に他の材料を合わせていく作り方ですが、ヴィジタンディーヌは卵白の一部を泡立ててメレンゲにしたものを加えます。
そのため、フィナンシェに比べると軽い口あたりが特徴です。フィナンシェと同じように焦がしバターを使うため、しっかりとしたコクが感じられますが、メレンゲによって生地に空気が含まれ、ふわっとした食感が生まれます。
焼く型の形が違う
| 項目 | ヴィジタンディーヌ | フィナンシェ |
|---|---|---|
| 一般的な型 | 丸型、舟型、花型 | 長方形の金塊型 |
| 形の意味 | 花や王冠のような優しい形 | 金の延べ棒を模した形 |
ヴィジタンディーヌもフィナンシェは、同じ材料を使い、似た作り方をしますが、焼く型の形が違います。ヴィジタンディーヌは丸や舟、花の型で焼きますが、フィナンシェは必ず平べったい長方形の金塊の形で作ります。
「金融家」という意味を持ち、金の延べ棒をイメージした型で焼き上げるフィナンシェに対して、ヴィジタンディーヌは花の形の型を使うことが多いのです。修道院で生まれた優しい形のお菓子が、都会の金融街では金塊の形に変わったというわけです。
同じ材料で、作り方と型が違えば、ふたつのお菓子が誕生します。見た目にも似ているこの二つのお菓子が、全くの別のお菓子として扱われていることからも分かるように、ちょっとしたレシピの違いはもちろん、使う型によっても、それぞれ明確に定義づけされ、細かく分類されるフランス菓子の特徴が表れています。
ヴィジタンディーヌの作り方
必要な材料
ヴィジタンディーヌを作るには、以下の材料が必要です。
バターは溶かしバターの場合が多いですが、フィナンシェと同様に焦がしバターで作ることもあります。
作る手順
- まず、焦がしバターを作ります。
- 次に、ボウルに卵白と粉砂糖、小麦粉、アーモンドプードルを入れ、泡立てないように混ぜます。
- そこに焦がしバターを混ぜ合わせ、冷蔵庫で1時間ほど生地を寝かせます。
- その後、型にバターを塗り、生地を絞り出します。
- 最後に、180度に熱したオーブンで15分から20分焼きます。
おいしく食べられる期間
密封容器に入れ、常温で保存します。できたては外はサクサクで中はふわふわとしていますが、翌日は生地が落ち着いていて、ふわっとアーモンドと甘い香りがします。出来立ての当日や翌日が食べごろです。
メレンゲの混ぜ方が大切
ヴィジタンディーヌは、泡立てた卵白(メレンゲ)の混ぜ合わせ方がポイントとなります。メレンゲを加える際は、必ず2回に分けて加えてください。
1回目のメレンゲはゴムベラでひとすくい程度(全体の3分の1から2分の1程度の量)を入れましょう。このメレンゲを混ぜるときは、泡がつぶれても問題ありません。次に入れるメレンゲが混ぜやすいように、生地を緩める目的で入れます。
2回目のメレンゲは、できるだけ泡がつぶれないように丁寧に混ぜてください。ふわっとした生地に仕上がれば成功です。このメレンゲの扱い方が、ヴィジタンディーヌ特有の軽い食感を生み出すのです。
ヴィジタンディーヌの現在
ヴィジタンディーヌは、現在ではフランス全土で広く知られているお菓子とは言えず、名前を聞いてすぐに思い浮かべる人は多くありません。ただし、その味わい自体は決して珍しいものではなく、実際に食べてみると「どこかで食べたことがある」と感じる人が多い焼き菓子です。フランスでは、ロレーヌ地方の都市ナンシーとその周辺を中心に、パティスリーやブーランジュリーで今も販売されています。
一方、日本ではヴィジタンディーヌはまだあまり知られていませんが、同じフランス生まれの焼き菓子であるフィナンシェは、すでに定番菓子として定着しています。実はフィナンシェは、ヴィジタンディーヌの誕生から約200年後にパリで生まれたお菓子で、使用される材料は非常によく似ています。知名度には大きな差がありますが、味や構成という点では、両者は共通点の多い焼き菓子と言えます。
マカロンも修道院生まれのお菓子
マカロンも修道院生まれ
この同じ時代、修道院では卵白とアーモンドを使ったお菓子がもうひとつ作られます。それがマカロンです。マカロンも修道院で生まれたお菓子です。その中でもナンシーの修道院で生まれたマカロン(マカロン・ド・ナンシー)が有名です。
かつてフランスの修道院では、胃に負担が少ないとされていた卵白を使ったお菓子が色々作られていました。卵黄を絵具や布の手入れに使い、余った卵白を活用するためにお菓子が作られたという背景は、多くの修道院のお菓子に共通する特徴でした。ヴィジタンディーヌもマカロンも、こうした修道院の知恵から生まれたお菓子なのです。
まとめ
ヴィジタンディーヌは、17世紀にフランス・ロレーヌ地方のヴィジタシヨン修道会で誕生した焼き菓子です。アーモンドプードル、卵白、砂糖、小麦粉、バターを使って作られ、卵白の一部を泡立ててメレンゲにするのが特徴です。
名前は、このお菓子を作った修道女の呼び名「ヴィジタンディーヌ」に由来しています。修道院では肉食が禁止されていたため、タンパク質を補うためにアーモンドと卵白を使ったお菓子が作られました。また、卵黄を絵具や布の手入れに使い、余った卵白を活用する知恵から生まれたお菓子でもあります。
19世紀に入るとナンシーで商品化され、1840年にはルフェーブル=ルモワンで製造が開始されました。1890年代には、パリの菓子職人ラスンがヴィジタンディーヌを金塊の形に変えて「フィナンシェ」として売り出しました。ヴィジタンディーヌとフィナンシェは材料がほぼ同じですが、卵白の扱い方(泡立てるか否か)と形(花型か金塊型か)が異なります。
フランスでもあまり知られていないお菓子ですが、その後パリで広まり世界中に知られるようになったフィナンシェの原型として、修道院で生まれた知恵と工夫が詰まった伝統的な郷土菓子なのです。



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