越後製菓とは|ふんわり名人と切り餅特許裁判【正解は越後製菓】

越後製菓(えちごせいか)とは、新潟県長岡市に本社を置く米菓・餅メーカーです。ふわふわ食感のあられ「ふんわり名人 きなこ餅」、正月に欠かせない切り餅、そしてパックごはんまで、「お米」を軸に事業を広げてきました。俳優・高橋英樹さんの「正解は、越後製菓!」のCMでおなじみの会社でもあります。じつはこの会社、そば屋として生まれ、切り餅の特許をめぐる歴史的な裁判の勝者にもなった、話題の尽きない米の会社です。このページでは、越後製菓の歩みと看板商品を掘り下げて紹介します。
越後製菓の基本情報
| 会社名 | 越後製菓株式会社 |
|---|---|
| 創業 | 1946年(昭和21年)(小千谷での茹でそば製造から) |
| 設立 | 1957年(昭和32年)3月28日 |
| 代表者 | 代表取締役 星野一郎/代表取締役 吉原忠彦 |
| 本社所在地 | 新潟県長岡市呉服町1丁目4番地5 |
| 資本金 | 9,000万円 |
| 従業員数 | 874名(2021年4月時点) |
| 事業内容 | 包装餅・鏡餅・米菓・米飯・麺類・惣菜等の製造販売 |
| 工場 | 本社・川口・宮内(長岡市)、高梨・片貝・小千谷(小千谷市) |
| 主な商品 | ふんわり名人 きなこ餅、越後の切り餅、日本のごはん ほか |
事業内容を見ると、お菓子だけでなく、餅・パックごはん・麺・惣菜と「お米の食卓まわり」を幅広く手がけていることが分かります。6つの工場はすべて長岡市と小千谷市に集中しており、創業の地とともに歩む姿勢が徹底されています。
越後製菓の歩み|そば屋から始まった米の会社
越後製菓の始まりは、意外にも「そば」でした。1946年(昭和21年)、創業者は地元名物の小千谷そばに着目し、茹でそばの製造からスタート。1951年には製麺会社を設立して乾麺を作っていました。転機は1953年、麺づくりをやめて米菓の製造へ大きく舵を切ったこと。そして1957年(昭和32年)、「越後製菓株式会社」が設立されます。以来、米どころ越後の名を背負い、「お米」ひと筋に歩んできました。
参考:沿革|越後製菓株式会社
越後製菓のあゆみ年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1946年 | 小千谷で茹でそばの製造から創業 |
| 1953年 | 麺づくりをやめ、米菓の製造へ転換 |
| 1957年 | 越後製菓株式会社を設立 |
| 1999年 | 高橋英樹さん出演の「正解は、越後製菓!」CMが始まる |
| 2012年 | 切り餅の特許裁判で勝訴が確定 |
そばに始まり、米菓と餅で花開く。方向転換を恐れない社風は、創業から今日まで一貫しています。
ふんわり名人 きなこ餅|雪のように消える食感
越後製菓のお菓子の看板が、「ふんわり名人 きなこ餅」です。お餅を独自製法でサクッ、ふわっと軽く仕上げ、たっぷりのきなこをまとわせた米菓で、口に入れるとすっと溶けてなくなる不思議な食感が身上。「お菓子なのに、まるで淡雪」と評される口どけは、餅と米を知り尽くした会社ならではの技術の結晶です。子どものおやつからお茶請けまで、幅広く愛されています。
切り餅と「特許の大勝負」
越後製菓のもう一つの柱が、切り餅です。焼いたときにきれいに膨らむよう、餅の側面に切り込みを入れる技術を開発し、特許を取得しました。この特許をめぐっては、同業大手のサトウ食品との間で大きな訴訟に発展。2012年、知的財産高等裁判所は越後製菓の特許侵害の主張を認め、約8億円の賠償を命じる判決を下し、最高裁でも越後製菓の勝訴が確定しました。日本の食品業界を代表する特許裁判として、いまも語られる出来事です。目立たない「切り込み」ひとつに、それほどの技術価値があった——ものづくりの奥深さを示す物語です。
越後製菓の業界でのポジション
包装餅市場での立ち位置
越後製菓の主力である包装餅は、メーカー出荷額でおよそ440億円と報じられる市場です。首位はサトウ食品で、越後製菓はこれに続く大手の一角。上位4社(サトウ食品・越後製菓・うさぎもち・たいまつ食品)で市場の8割超を占めるとされ、少数の企業が競い合う構図になっています。
切り餅の特許をめぐる裁判が、当時これほど大きな注目を集めたのも納得ではないでしょうか。限られた企業が正月需要を分け合う市場では、製法上のわずかな違いが売れ行きを左右するからです。
三つの事業を持つ強み
餅は冬に需要が偏る商品です。米菓とパックごはんを併せ持つことで、季節の波をならしている——事業構成そのものが、この会社の経営戦略になっています。
「正解は、越後製菓!」|名物CM
1999年から続く高橋英樹さんのテレビCMも、この会社の名物です。時代劇の侍姿の高橋さんがクイズに答え、何を聞かれても「正解は、越後製菓!」と言い切る——理屈を超えたインパクトで、社名を全国に浸透させました。毎年秋から年末のお餅シーズンに流れるこのCMは、日本の年の瀬の風物詩のひとつになっています。
まとめ
越後製菓は、そば屋として生まれ、米菓・切り餅・パックごはんへと「お米」の道を究めてきた会社です。淡雪のようなふんわり名人、8億円の特許裁判を制した切り餅の技術、そして「正解は、越後製菓!」——技術と遊び心の両方で、越後の米のおいしさを届け続けています。
創業80周年の詳しい動向は、本文中の記事で紹介しています。
