フランスパンを広めた企業「ドンク」
日本でフランスパンが広く親しまれるようになったのは、近代になってからのことです。フランスパンは、細長くカリカリとした独特の食感が特徴で、かつての日本の食卓には馴染みのないものでした。この革新的なパンを日本中に広めたのが、企業「ドンク」とその創業者である藤井幸男氏の努力によるものです。フランスパンは、今では多くの人々にとって欠かせない食品となっています。
藤井バンの創業
ドンクの歴史は1905年（明治38年）に始まります。創業者である藤井元治郎氏は、長崎からパン職人を招き、兵庫県神戸市兵庫区柳原に「藤井バン」を創業しました。この時代、日本ではパンそのものがまだ珍しい存在であり、藤井氏は地域に新しい食文化を提案しました。
2号店の開設
1923年（大正12年）、藤井氏は兵庫区湊川トンネル西口角に2号店をオープンしました。この店舗には当時の最先端であるショーケースが設置され、カットケーキやドーナッツといった商品が並びました。また、ギフト商品も取り扱うなど、モダンな雰囲気が話題を呼び、地域の人々に新しいライフスタイルを提案しました。
店舗移転
1947年（昭和32年）、三代目として藤井幸男氏が店を引き継ぎました。藤井氏は店舗を三宮柳筋に移転し、さらに帝国ホテルの製菓長であった井上松蔵氏を初代製菓長として迎え入れました。この動きにより、店舗の品揃えと品質は大きく向上し、より洗練された洋菓子やパンが提供されるようになりました。
株式会社化と社名の由来
1951年（昭和20年）、藤井氏は店舗を株式会社化し、社名を「ドンク」と命名しました。この名前はスペインの小説『ドン・キホーテ』に由来しており、大きな夢を追いかける姿を象徴しています。さらに、親しみやすさを重視して短縮形の「ドンク」が採用されました。
日本におけるフランスパン技術の革新
レイモン・カルヴェル教授の影響
日本のフランスパン製造技術が大きく進歩したのは、1954年（昭和29年）のことです。この年、フランス国立製パン学校のレイモン・カルヴェル教授が来日し、製パン技術講習会を開催しました。この講習会では、バゲット、クロワッサン、ブリオッシュといった本格的なフランスパンの製法が日本に初めて紹介されました。藤井幸男氏は直接指導を受け、これを機に日本のフランスパン製造は新たな段階へと進化しました。
フィリップ・ビゴ氏の影響
1965年（昭和40年）、東京国際見本市でドンクがフランスパン製造を担当した際、フランスの製パン家フィリップ・ビゴ氏が実演者として来日しました。見本市終了後、藤井氏はフランス製の製パン機器を導入し、専門工場を建設しました。その後、ビゴ氏もドンクに入社し、技術指導を担当。これにより、日本のフランスパン技術はさらに高度化しました。
日本におけるフランスパンブーム
「ドンク」青山店がオープン
1966年（昭和41年）、東京青山にドンク青山店がオープンしました。この店舗は瞬く間に話題となり、開店と同時に多くの客が殺到。百貨店のテナント店舗では、開店後10分で商品が完売するほどの人気を博しました。さらに、トリコロールカラーを基調としたパリの地図入り紙袋が流行し、ファッションアイテムとしても注目されました。
大阪万博で「イル・ド・フランス」出展
1970年（昭和45年）の大阪万博では、「イル・ド・フランス」という名の店舗を出店しました。この店舗ではフランス製の製パンオーブンを使用し、店頭販売と会場内レストランへの納品を行いました。その人気ぶりは、製造が需要に追いつかないほどで、バゲットは日本の食文化に完全に定着しました。
まとめ
フランスパンの普及は、日本の食文化に大きな変革をもたらしました。その中心にいたのが、ドンクと藤井幸男氏です。革新的な技術導入や積極的な文化提案によって、フランスパンは今や多くの人々に愛される食品となりました。ドンクの歴史を振り返ると、日本の食文化がどのように発展してきたのか、その一端を垣間見ることができます。
