丸永製菓とは|和菓子職人が生んだ「あいすまんじゅう」の会社

丸永製菓とは、福岡県久留米市に本社を置くアイスクリームメーカーです。あんこがぎっしり詰まった「あいすまんじゅう」と、練乳かき氷にフルーツをのせた「白くま」で知られ、九州のアイス文化を全国に広めてきました。じつは丸永製菓は、もともとアイスの会社ではありません。和菓子職人の技と心が、アイスという形で花開いた——そんな会社です。このページでは、丸永製菓の歩みと看板商品の物語を掘り下げて紹介します。
丸永製菓の基本情報
| 会社名 | 丸永製菓株式会社 |
|---|---|
| 創業 | 1933年(永渕製菓所として久留米で創業) |
| 設立 | 1956年(現在の法人組織へ) |
| 代表者 | 代表取締役社長 永渕俊毅/代表取締役CEO 永渕信孝 |
| 本社所在地 | 福岡県久留米市東櫛原町1821 |
| 資本金 | 1,488万円 |
| 従業員数 | 170名(正社員) |
| 事業内容 | アイスクリームの製造および販売 |
| 工場 | 久留米工場(福岡県久留米市)、関東工場(栃木県さくら市) |
| 主な商品 | あいすまんじゅう、白くま、おとぼけくん ほか |
代表者には、創業した永渕家の名がいまも並んでいます。従業員170名という規模で、あいすまんじゅうを全国区に育てた——数字を見ると、その健闘ぶりがいっそう際立ちませんか。九州の久留米に加えて関東にも工場を持ち、東日本への供給を支えています。
丸永製菓の歩み|和菓子屋から始まった
丸永製菓のルーツは、1933年(昭和8年)に久留米で創業した「永渕製菓所」です。当初はお菓子の製造販売を手がける、町の菓子屋でした。1956年に丸永製菓株式会社へと改組し、1960年にアイスクリーム製造へ進出。そして1962年(昭和37年)、社運を懸けた看板商品「あいすまんじゅう」が誕生します。菓子屋として30年近く磨いた技術が、冷たいお菓子で花開いた瞬間でした。
丸永製菓のあゆみ年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1933年 | 永渕製菓所として創業し、菓子類の製造販売を開始 |
| 1956年 | 丸永製菓株式会社へ組織変更 |
| 1960年 | アイスクリーム製造業へ進出 |
| 1962年 | 「あいすまんじゅう」を発売 |
| 1992年 | 香港への輸出を開始 |
| 1996年 | モンドセレクション金賞を初受賞 |
| 2003年 | 関東工場が完成 |
菓子屋からアイス屋へ、九州から全国・海外へ。歩みの節目ごとに、活動の輪が一回りずつ大きくなっているのが分かります。
あいすまんじゅう|和菓子職人が生んだアイス
「冷たいおまんじゅう」という発想
あいすまんじゅうは、ミルクアイスの中に、小豆あんをぎっしり詰めたアイスです。生みの親である先代社長は、京都で和菓子の修業を積んだ菓子職人。「おまんじゅうを冷たくしたら」という和菓子づくりの発想から、このアイスは生まれました。北海道産の良質な小豆を使った、甘くねっとりしたあんの存在感は、まさに和菓子の魂。アイスでありながら、あんこが主役という逆転の設計が、他にない個性を生んでいます。
九州の夏から、全国の定番へ
1962年の発売以来、あいすまんじゅうは九州の夏の定番として愛され、やがて全国のスーパーやコンビニにも並ぶロングセラーに成長しました。復刻パッケージの発売やフレーバー総選挙など、ファンと一緒に楽しむ企画でも話題を集めています。
白くま|九州の氷菓子を全国へ
「白くま」は、練乳味のかき氷に小豆やフルーツをのせた、鹿児島発祥とされる九州名物の氷菓です。丸永製菓はこれをカップやバーのアイスとして商品化し、九州の味を全国のお茶の間に届けました。上から見るとフルーツの配置がくまの顔に見える、愛らしい見た目も人気の理由。あんこ使いのうまさは、ここでも和菓子屋の血筋を感じさせます。
まとめ
丸永製菓は、久留米の菓子屋として生まれ、和菓子職人の発想から「あいすまんじゅう」を生み出したアイスメーカーです。あんこへのこだわりと九州の味覚を武器に、白くまとともに全国へ——冷たいお菓子の中に、和菓子の心が生きています。
あいすまんじゅうや白くまの詳しい歴史は、本文中の記事で紹介しています。


