やおきんとは|うまい棒を育てた駄菓子の会社【八百金の物語】

やおきんとは、東京都墨田区に本社を置く、駄菓子の企画・販売会社です。言わずと知れた国民的駄菓子「うまい棒」の会社であり、日本の駄菓子文化を長年支えてきた立役者でもあります。じつは「やおきん」という社名は八百屋に由来し、うまい棒は自社工場ではなく、パートナー企業が製造しています。10円を40年以上守り続けた奇跡の価格の裏側まで——このページでは、やおきんの歩みとうまい棒の物語を掘り下げて紹介します。
やおきんの基本情報
| 会社名 | 株式会社やおきん |
|---|---|
| 創業 | 1960年(昭和35年)4月 |
| 設立 | 1981年(昭和56年)9月 |
| 代表者 | 代表取締役 角谷昌彦 |
| 本社所在地 | 東京都墨田区横川5-3-2 |
| 資本金 | 1,000万円 |
| 従業員数 | 80名(2025年12月現在) |
| 事業内容 | 菓子、食料品の企画・販売。玩具の販売 |
| 社名の由来 | 愛知の青果商「八百金」から |
| 看板商品 | うまい棒(1979年発売/製造はリスカ) |
驚くのは、従業員80名という規模ではないでしょうか。事業内容が「企画・販売」であるとおり、やおきんは自社工場を持たず、企画とブランドに徹する会社です。少数精鋭で国民的駄菓子を回す仕組みこそ、リスカとの分業が生んだ知恵といえます。
やおきんの歩み|「八百金」から駄菓子の総本山へ
やおきんのルーツは、愛知で青果を扱っていた「八百金(やおきん)」にさかのぼります。やがて関東へ出て行商をするうちに、野菜だけでなくエビせんやあられといったお菓子も扱うようになり、一時は生産工場も営みました。最終的に、お菓子の企画・卸売を本業とする現在のスタイルに落ち着きます。八百屋の屋号がそのまま社名になった、下町らしい出自です。
うまい棒の誕生(1979年)
個包装10円という発明
うまい棒が生まれたのは1979年(昭和54年)。当時の駄菓子屋では、大きな容器からバラ売りするお菓子が主流でした。そこへうまい棒は、「10円で、個包装で、ボリュームのある棒スナック」という新しい形で登場します。衛生的で、持ち歩けて、子どもの小遣いで買える——この設計が大当たりし、発売当初の3種類(サラミ味はいまも現役)から、駄菓子屋の王様へと駆け上がりました。
作るのはリスカ、売るのはやおきん
意外と知られていないのが、うまい棒の分業体制です。製造を担うのは茨城のスナックメーカー「リスカ」、企画・販売を担うのが「やおきん」。この二人三脚が、40年以上にわたってうまい棒を支えてきました。中が空洞の軽い食感は、コストを抑えつつ食べごたえと壊れにくさを両立させる工夫でもあります。
42年間の10円、そして初の値上げ
うまい棒は、発売から42年間、10円という価格を守り続けました。原材料が高騰しても、味や大きさの調整で耐え続けたその姿勢は、もはや社会現象。2022年4月、ついに12円への初値上げが発表されると、全国ニュースになるほどの反響を呼びました。
その後も原料高は収まらず、2024年10月には15円へと再び改定されています。42年間動かなかった価格が、2年ほどの間に二度見直された——それでも100円あれば数本買える手軽さは健在で、「駄菓子の良心」という評価は変わりません。
| 時期 | 価格(税抜) |
|---|---|
| 1979年(発売) | 10円 |
| 2022年4月 | 12円 |
| 2024年10月 | 15円 |
年間の出荷本数は7億本を超えるとされ、テレビCMをほとんど打たずにこの規模を保っている点も、この商品の底力を物語ります。
参考:『うまい棒』40年CMなしで年間7億本売り上げる理由|ORICON NEWS
やおきんのあゆみ年表
年表の行間にあるのは、「10円のまま」の42年間。何も起きなかったのではなく、値上げしないための努力が続いた42年でした。
広がるうまい棒ワールド
うまい棒の魅力は、フレーバーの多彩さにもあります。定番のコーンポタージュ、めんたい、チーズから、地域限定や変わり種まで、これまでに数十種類が登場してきました。ドラえもんに似ていると話題のキャラクター「うまえもん」も愛される存在。高級路線の「プレミアムうまい棒」など、攻めた展開も続いています。
まとめ
やおきんは、八百屋の屋号を受け継ぎ、うまい棒という駄菓子の金字塔を育てた会社です。個包装10円の発明、リスカとの二人三脚、42年守った価格——一本のうまい棒には、子どもの財布に寄り添い続けた下町の商魂が詰まっています。
うまい棒の価格の歴史やプレミアム版の話は、本文中の記事で紹介しています。

