ドイツ菓子とは|バウムクーヘンと日本の物語、シュトーレンまで深掘り

ドイツ菓子とは、ドイツで生まれ、育まれてきたお菓子の総称です。日本の結婚式でおなじみのバウムクーヘン、クリスマスに少しずつ切り分けて食べるシュトーレン、そして世界中の子どもが愛するグミ——じつはどれもドイツ生まれです。しかもバウムクーヘンが日本に伝わった背景には、一人のドイツ人捕虜の数奇な人生がありました。素朴で実直、そして行事と深く結びついているのがドイツ菓子の身上です。このページでは、ドイツを代表するお菓子を、その物語まで掘り下げて紹介します。
| 意味 | ドイツ生まれのお菓子の総称 |
|---|---|
| 焼き菓子 | バウムクーヘン、レープクーヘン、プレッツェル |
| クリスマス菓子 | シュトーレン、レープクーヘン |
| ケーキ・その他 | シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ、グミ |
| 特徴 | 実直な焼き菓子と、クリスマスを彩る行事菓子の文化 |
バウムクーヘン|「木のケーキ」と日本をつないだ物語
どんなお菓子か
バウムクーヘンは、回転する芯棒に生地を少しずつかけながら、層を重ねて焼き上げるケーキです。名前はドイツ語で「木(バウム)のケーキ(クーヘン)」。切り口に現れる同心円の層が木の年輪に見えることから、日本では長寿や繁栄の縁起物として、結婚式の引き菓子の定番になりました。じつは本場ドイツでは、専用のオーブンと熟練の技を要する特別なお菓子で、日本ほど日常的な存在ではありません。
ドイツ人捕虜カール・ユーハイムと広島
バウムクーヘンが日本に伝わった経緯には、心を打つ物語があります。1919年(大正8年)3月4日、広島市の広島県物産陳列館——のちの原爆ドーム——で開かれたドイツ作品展示会で、一人のドイツ人菓子職人がバウムクーヘンを焼き、販売しました。彼の名はカール・ユーハイム。第一次世界大戦で日本軍の捕虜となり、広島の似島(にのしま)収容所に送られていた人物です。これが、日本で初めてバウムクーヘンが披露された日とされています。
解放後、ユーハイムは日本にとどまり、横浜、そして神戸で菓子店「ユーハイム」を開きます。戦争に翻弄されながらも日本で菓子を焼き続けた彼は、「お菓子は平和の証」という言葉とともに語り継がれ、その名を冠した会社はいまも日本のバウムクーヘン文化を支えています。捕虜として渡った異国で、国民的お菓子の種をまいた——バウムクーヘンには、そんな歴史が刻まれています。
シュトーレン|クリスマスを待つお菓子
700年の歴史とドレスデン
シュトーレンは、ドライフルーツやナッツをたっぷり練り込んだ生地を焼き、バターと粉砂糖で真っ白に仕上げる、ドイツのクリスマス菓子です。その記録は1300年代にまでさかのぼり、司教へのクリスマスの贈り物として献上されたのが始まりと伝えられています。本場として名高いのがザクセン州の古都ドレスデン。毎年12月には巨大シュトーレンを引いて街を練り歩く「シュトーレン祭り」が開かれるほど、街の誇りになっています。
少しずつ切って、クリスマスを待つ
シュトーレンの楽しみ方は独特です。クリスマスまでの約4週間(アドベント)、薄く一枚ずつ切って少しずつ味わいながら、当日を待ちわびるのです。日がたつにつれてフルーツの風味が生地になじみ、味わいが深まっていく——「待つ時間」まで含めて楽しむお菓子は、世界でも珍しい存在です。真っ白な姿は、産着にくるまれた幼子キリストを表すともいわれます。
レープクーヘン|修道院が育てたスパイス菓子
レープクーヘンは、蜂蜜とシナモンなどのスパイスをたっぷり使った、ドイツの伝統的な焼き菓子です。14世紀には、ニュルンベルクとその周辺の修道院で焼かれていたことが知られています。日持ちがして保存しやすいため、食料の乏しい時期の備えとしても重宝されました。交易都市ニュルンベルクは、東方から届くスパイスと周辺の森の蜂蜜に恵まれ、レープクーヘンの都として栄えます。いまもクリスマスマーケットには、ハート形にアイシングで飾ったレープクーヘンがずらりと並び、ドイツの冬を彩ります。
シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ|「黒い森」のケーキ
シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテは、チョコレートのスポンジに、さくらんぼと生クリームを重ねたドイツ南西部の名物ケーキです。名前は「黒い森(シュヴァルツヴァルト)のさくらんぼケーキ」の意味。黒い森はさくらんぼの名産地で、さくらんぼの蒸留酒キルシュヴァッサーを効かせるのが本場の流儀です。ダークチョコの黒を深い森に、生クリームの白を──と、故郷の風景をそのまま一台に写しとったようなケーキで、現在の形は1920年代ごろに広まったとされています。英語圏では「ブラックフォレストケーキ」の名で世界中に知られています。
グミ|ドイツが生んだ「噛む」お菓子
いまや世界中で愛されるグミも、ドイツ生まれです。1920年代、ボンの菓子職人ハンス・リーゲルが創業した「ハリボー(HARIBO)」が、クマの形のグミ「ゴールドベア」の原型を生み出しました。「子どもの噛む力を育てる」という考えも背景にあったとされ、硬めの食感が本場ドイツ流。日本のグミ文化も、このドイツのグミから始まりました。
プレッツェルと素朴な焼き菓子
結び目の形がユニークなプレッツェルは、ドイツのパン屋の看板的存在です。表面の独特のつやと塩気が特徴で、その形の由来には「祈りを捧げる腕の形」など諸説あります。ほかにも、揚げ菓子のベルリーナー(ジャム入りドーナツ)、蛇がとぐろを巻いたような形のフランクフルター・クランツなど、ドイツには素朴で滋味深い焼き菓子がそろっています。華美な飾りよりも、確かな技術と保存性を大切にする——質実剛健なドイツらしいお菓子観です。
まとめ
ドイツ菓子は、バウムクーヘンやシュトーレンのような行事と結びついた焼き菓子を軸に、グミのような世界的発明まで生んだ、実直で奥深いお菓子の一族です。捕虜として海を渡ったカール・ユーハイムが日本に伝えたバウムクーヘンの物語は、お菓子が国境と時代を越えることを教えてくれます。クリスマスの一切れのシュトーレンにも、700年の歴史が息づいています。


