江崎グリコとは|江崎利一の想いとグリコ・ポッキーの100年史

江崎グリコとは
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江崎グリコ(Glico)とは、大阪に本社を置く、日本を代表する菓子・食品メーカーです。ハート型の栄養菓子「グリコ」に始まり、ポッキー、プリッツ、ビスコ、パピコ、アーモンドチョコレートなど、世代を超えたロングセラーを数多く生み出してきました。その根っこには、創業者・江崎利一(えざき りいち)の「食品を通じて国民の健康に貢献したい」という一途な想いがあります。道頓堀を見つめる両手を挙げたランナーの看板は、いまや大阪そのものの象徴です。このページでは、江崎利一の物語から、会社の歩み、代表商品、企業理念までをじっくり掘り下げて紹介します。

目次

江崎グリコの基本情報

会社名江崎グリコ株式会社(Glico)
創立1922年(大正11年)2月11日
設立1929年(昭和4年)2月
創業者江崎利一(1882〜1980)/佐賀県出身
代表者代表取締役社長 江崎悦朗
本社所在地大阪府大阪市西淀川区歌島4丁目6番5号
資本金77億73百万円
従業員数連結5,588人(2025年12月末現在)
事業内容菓子、冷菓、食品、牛乳・乳製品の製造および販売
企業理念「おいしさと健康」/Glicoスピリット「創る・楽しむ・わくわくさせる」

「創立」は栄養菓子グリコが三越で発売された1922年2月11日、「設立」は株式会社化した1929年と、二つの日付が使い分けられています。創立日の2月11日は、いまも社内で大切にされる記念日です。代表者にも創業家の江崎の名が続いており、100年を超えて創業の志が受け継がれています。

参考:会社概要|江崎グリコ

創業者・江崎利一の物語

佐賀から始まった一代記

江崎グリコの創業者・江崎利一は、1882年(明治15年)、佐賀県の蓮池村(現在の佐賀市蓮池町)に生まれました。若くして家業の商いに携わった利一は、やがて事業家としての道を歩み始めます。大阪でお菓子の会社を興すことになる人物の原点は、九州・佐賀の地にありました。

息子を救った「グリコーゲン」

「グリコ」という一風変わった名前の由来は、栄養成分「グリコーゲン」にあります。1919年(大正8年)、利一はカキ(牡蠣)の煮汁に、グリコーゲンが多く含まれることを確かめました。滋養に富むこの成分を、多くの人の——とりわけ子どもたちの健康のために役立てられないか。利一はそう考え、グリコーゲンを入れたお菓子の商品化に取り組みます。

こうして生まれたのが、栄養菓子「グリコ」です。おいしいお菓子でありながら、体づくりにも役立つ——「食品を通じて、国民の体位向上に貢献したい」という利一の信念が、そのまま形になった商品でした。

母と子の健康を願って

利一の「健康への想い」は、商品づくりだけにとどまりませんでした。私財を投じて母子の健康増進に取り組む活動を支援するなど、事業の外でも子どもたちの健やかな成長を願い続けたと伝えられています。お菓子を売って利益を得ることそのものより、その先にある人々の健康を見つめていた——そんな創業者の姿勢が、いまの江崎グリコの土台になっています。

参考:沿革|江崎グリコ

江崎グリコの歩み

1922年、三越での船出

1921年(大正10年)に試験販売を経て、1922年(大正11年)2月11日、大阪の三越百貨店で、赤い箱の栄養菓子「グリコ」が正式に発売されました。これが、江崎グリコのスタートです。中身は、ハートをかたどった一粒のキャラメル。「一粒300メートル」というキャッチフレーズは、この一粒に込められたエネルギーを表現したものでした。

「おまけ」という発明

グリコを語るうえで外せないのが、箱に入った「おまけ」です。子どもたちがお菓子を通じて遊び、学べるように——という想いから生まれたおもちゃのおまけは、大きな人気を呼び、「おまけ付きお菓子」という文化そのものを日本に根づかせました。お菓子は栄養だけでなく、心も育てる。利一の遊び心が光る仕掛けでした。

道頓堀のグリコサイン(1935年)

1935年(昭和10年)、大阪・道頓堀の戎橋(えびすばし)に、両手を挙げてゴールするランナーを描いた巨大なネオン塔が設置されました。初代は高さ33メートル。世代を重ねて姿を変えながらも、この「グリコサイン」は今なお大阪を代表する観光名所であり続けています。ゴールインマークの前で同じポーズをとって写真を撮るのが、大阪観光の定番になっているほどです。

参考:会社の歴史|江崎グリコ

戦後、ロングセラーの数々

戦争による打撃を乗り越えて復興した江崎グリコは、戦後、次々と看板商品を世に送り出します。アーモンドチョコレート、ジャイアントコーン、そしてプリッツやポッキー。さらにプッチンプリンやセブンティーンアイスなど、菓子の枠を超えた商品も展開し、総合食品メーカーへと成長していきました。なお1980年代には、企業を揺るがす社会的な事件(いわゆるグリコ・森永事件)にも見舞われましたが、それを乗り越えて歩みを続けてきました。

江崎グリコのあゆみ年表

出来事
1919年江崎利一が、カキの煮汁にグリコーゲンが多く含まれることを確認
1921年栄養菓子グリコを創製し、試験発売
1922年2月11日、大阪の三越で「グリコ」を発売(創立)
1929年株式会社として設立
1933年クリームサンドビスケット「ビスコ」を発売
1935年大阪・戎橋にネオン塔(初代グリコサイン)を設置
1966年「ポッキー」を発売
1992年企業理念「おいしさと健康」とGlicoスピリットを発表
2022年創立100周年

一粒のキャラメルから100年。年表を眺めると、道頓堀のネオンもポッキーも、すべて「栄養への想い」の延長線上にあることが見えてきます。

参考:沿革|江崎グリコ

江崎グリコの代表商品

栄養菓子グリコ・ビスコ|原点の系譜

創業商品である「グリコ」は、ハート型のキャラメルとおまけで、いまも愛され続ける原点です。1933年に登場したクリームサンドビスケット「ビスコ」も、乳酸菌入りで子どもの健康を考えた、グリコらしい一品。どちらも「おいしさと健康」の思想が色濃く表れた商品です。

ポッキー・プリッツ|世界へ広がったスティック菓子

1960年代に生まれたスティック菓子は、グリコを世界的なブランドへ押し上げました。味のプリッツにチョコをコーティングするアイデアから生まれたポッキーは、「手が汚れずに食べられる」という発明的な工夫で大ヒット。いまでは世界各国で親しまれ、11月11日の「ポッキー&プリッツの日」も定着しています。開発時にはボツになりかけたという逸話も残る、苦労のすえの名作です。

アイス・デザート|パピコとプッチンプリン

手を汚さずに味わえるチューブ入り氷菓パピコ」、お皿にプッチンと出して食べる「プッチンプリン」も、グリコを代表するデザートです。どちらも「食べやすさ」「楽しさ」という、利一以来のグリコの発想が息づいた商品です。

江崎グリコの業績と業界でのポジション

連結業績(2025年12月期)

項目2025年12月期2024年12月期
売上高3,613億円3,311億円
営業利益87億円110億円
経常利益116億円133億円
当期利益50億円81億円

売上高は300億円ほど伸びた一方で、利益は減りました。いわゆる増収減益です。原材料やエネルギーの価格上昇、物流費の負担が重くのしかかったとみられます。カカオや乳原料を多く使う菓子メーカーにとって、近年の原料高は共通の悩みといえるでしょう。

参考:江崎グリコ 決算情報|日本経済新聞

事業の広がりと海外展開

会社概要に掲げられた事業は「菓子、冷菓、食品、牛乳・乳製品の製造および販売」。ポッキーやビスコの菓子だけでなく、プッチンプリンなどのデザート、アイス乳製品と幅広く展開しています。とくにポッキーは海外でも販売され、アジアや欧米に生産・販売の拠点を持つグローバルブランドに育ちました。

主な競合との比較

企業主戦場グリコとの関係
明治チョコレート乳製品チョコ菓子とデザートで競合
森永製菓チョコ・ビスケットアイス菓子全般で幅広く競合
ロッテチョコ・ガムアイスムースポッキー対フランなど直接対決も
カルビースナック菓子スナック分野で競合

企業理念「おいしさと健康」

1992年、江崎グリコは新たな企業理念として「おいしさと健康」を掲げました。あわせて、社員の姿勢を表す「Glicoスピリット=創る・楽しむ・わくわくさせる」も打ち出されています。おいしさと健康を両立させ、人々をわくわくさせるものを生み出す——創業者・江崎利一が栄養菓子グリコに込めた想いは、言葉を変えながら、いまも会社の芯として受け継がれています。

まとめ

江崎グリコは、佐賀出身の江崎利一が「子どもたちの健康のために」という一途な想いから興した、菓子と食品のメーカーです。ハート型のグリコ、世界に広がったポッキー、道頓堀を見守るグリコサイン——そのどれもが、「おいしさと健康」という理念の表れです。一粒のキャラメルの向こうには、一人の男の志と、100年分の物語が詰まっています。

ポッキーやグリコキャラメルなど、個別の商品の物語は、本文中の記事でさらに詳しく紹介しています。

江崎グリコとは

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この記事を書いた人

【あいさつ】
こんにちは、ゴンザレス美と申します。お菓子ライブラリの運営者です。
お菓子・食品関連業界の事業会社にて新規事業の立ち上げに携わる、お菓子業界の現役従事者です。Webコンテンツ制作・SEO対策・販促物制作・営業活動・食品展示会の出展準備と運営など、業界の事業活動を実務として日々経験しています。

【これまでの経歴】
大学卒業後、外食産業にて店舗運営に従事し、調理・接客・スタッフマネジメント・売上管理など、現場運営の基礎を積みました。その後Web業界へ転身し、SEOコンサルティング会社にてWebライティング・編集・進行管理に携わったのち、美容・健康分野のWebマーケティングを担当。検索意図の読み解きからコンテンツ設計・データ改善までを一貫して経験してきました。
現在はお菓子・食品関連業界に身を置き、新規事業の立ち上げに参画した他、Web制作・SEO記事執筆・販促カタログ制作・営業支援・食品展示会への出展準備と運営など、お菓子・食品業界の事業活動を多面的に経験しています。

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