株式会社明治とは|相馬半治の志から100年、チョコと乳業の歩み

株式会社明治とは、東京都中央区に本社を置く、日本最大級の菓子・乳製品メーカーです。「明治ミルクチョコレート」に代表されるチョコレート、きのこの山・たけのこの里、明治ブルガリアヨーグルト、そしてR-1をはじめとする乳製品まで、日本の食卓のあらゆる場面に明治の商品があります。その原点には、「栄養を通じて国に貢献する」という創業者・相馬半治(そうま はんじ)の志がありました。このページでは、明治という会社の成り立ち、100年を超える歩み、代表商品、そしてカカオ産地への取り組みまでを、じっくり掘り下げて解説します。
株式会社明治の基本情報
| 会社名 | 株式会社 明治(Meiji Co., Ltd.) |
|---|---|
| 設立 | 1917年(大正6年)12月21日 |
| 代表者 | 代表取締役社長 八尾文二郎 |
| 本社所在地 | 東京都中央区京橋二丁目2番1号 |
| 資本金 | 336億4千万円 |
| 従業員数 | 9,845人(2026年3月31日現在) |
| 事業内容 | 牛乳・乳製品、菓子、食品の製造販売等 |
| 持株会社 | 明治ホールディングス株式会社 |
| 主な商品 | 明治ミルクチョコレート、きのこの山、たけのこの里、明治ブルガリアヨーグルト、R-1 ほか |
登記上の設立日が1917年なのは、現在の株式会社明治が、乳業側の源流である極東煉乳(のちの明治乳業)の法人格を受け継いでいるためです。会社の「戸籍」は乳業から、菓子の伝統は明治製菓から——一つの会社に二つの家系が流れ込んでいることが、基本情報からも読み取れます。
明治の創業|「栄養報国」を掲げた相馬半治の志
砂糖会社から生まれた菓子会社
明治のルーツは、砂糖にあります。1916年(大正5年)、明治製糖の社長であった相馬半治らの手によって、菓子を手がける「東京菓子株式会社」が誕生しました。翌1917年には相馬が別に設立した大正製菓と合併し、あらためて東京菓子として再出発します。同じ年、後の明治乳業となる「極東煉乳株式会社」も設立されました。菓子と乳業という、のちの明治を支える二本の柱が、ほぼ同時に芽吹いたのです。
そして1924年(大正13年)、東京菓子は社名を「明治製菓株式会社」へと改め、同年アイスクリーム事業にも乗り出します。「明治」の名を冠したお菓子の歴史が、ここから本格的に始まりました。
参考:明治グループのあゆみ 1916〜1945|明治ホールディングス
相馬半治の想い|「買う気でつくれ」
創業者・相馬半治は、目先の利益のためではなく、国のために菓子事業を興したと伝えられています。砂糖の消費を促し、質の高い国産の菓子を輸出することで、国家に貢献しようと考えたのです。栄養を通じて社会に貢献するというこの姿勢は、しばしば「栄養報国」の精神と語られ、明治グループが創業から100年以上守り続けてきた背骨になっています。
相馬が遺した「買う気でつくれ明治」という言葉も有名です。作り手の都合ではなく、お客さまが本当に買いたくなるものを作れ——この考え方は、いまも明治のものづくりに脈々と受け継がれています。
100年の歩み|チョコレートと乳業、二本の柱
明治ミルクチョコレートの誕生(1926年)
明治を語るうえで欠かせないのが、1926年(大正15年)に発売された「明治ミルクチョコレート」です。当時、板チョコレートを一貫生産できる会社は日本にほとんどありませんでした。明治はドイツから製造装置を取り寄せ、ドイツ人技師の指導のもとで技術を習得し、国産チョコレートの本格生産に挑みました。
赤い紙に包まれたこの板チョコは、以来ほぼ一世紀にわたって作り続けられ、日本人にとって「チョコレートの原風景」ともいえる存在になっています。
菓子の明治製菓、乳業の明治乳業
乳業の道も並行して進みました。1928年(昭和3年)には「明治牛乳」の販売が始まり、1940年(昭和15年)には極東煉乳が「明治乳業株式会社」へと社名を変更します。こうして、菓子を担う明治製菓と、牛乳・乳製品を担う明治乳業という、二つの「明治」が長らく並び立つことになりました。チョコレートとヨーグルト、どちらも明治——というイメージは、この二本柱から生まれたものです。
2009年の統合と2011年の再編
長く別会社だった明治製菓と明治乳業は、2009年(平成21年)に経営統合し、持株会社「明治ホールディングス」の傘下に入りました。さらに2011年(平成23年)、グループの事業を機能ごとに再編します。菓子・乳製品・食品といった食の事業を一体化したのが、いまの「株式会社明治」です。一方、医薬品事業は「Meiji Seika ファルマ株式会社」として引き継がれました。
つまり現在の株式会社明治は、菓子の明治製菓と乳業の明治乳業、二つの伝統が一つに合流して生まれた会社なのです。食品の明治と医薬品のMeiji Seika ファルマは、明治ホールディングスのもとで結ばれた兄弟会社の関係にあります。
明治のあゆみ年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1916年 | 東京菓子株式会社が誕生(菓子側の源流) |
| 1917年 | 極東煉乳株式会社を設立(乳業側の源流・現在の設立年) |
| 1924年 | 東京菓子が「明治製菓株式会社」に社名変更。アイスクリーム事業を開始 |
| 1926年 | 「明治ミルクチョコレート」を発売 |
| 1928年 | 「明治牛乳」の販売を開始 |
| 1940年 | 極東煉乳が「明治乳業株式会社」に社名変更 |
| 1973年 | 「明治ブルガリアヨーグルト」を発売 |
| 1975年/1979年 | 「きのこの山」「たけのこの里」を発売 |
| 2006年 | カカオ農家支援「メイジ・カカオ・サポート」を開始 |
| 2009年 | 明治製菓と明治乳業が経営統合し、明治ホールディングスが発足 |
| 2011年 | 事業再編により、食品の「株式会社明治」と医薬品の「Meiji Seika ファルマ」に |
年表にすると、菓子と乳業の二本の川が、2011年に一つに合流した流れがよく分かるのではないでしょうか。
明治の代表的なお菓子
明治のお菓子は、チョコレートを筆頭に、スナック、キャンディ、グミ、アイスと非常に幅広く広がっています。ここでは分野ごとに、代表的な商品をたどってみましょう。
チョコレート
板チョコの王道
「明治ミルクチョコレート」を筆頭に、「明治ザ・チョコレート」「アーモンド」「マカダミア」「メルティーキッス」など、明治の板チョコ・粒チョコの層は非常に厚いのが特徴です。近年はカカオ豆の産地や製法にこだわる「Bean to Bar(ビーン・トゥ・バー)」の考え方を採り入れた高付加価値のチョコレートにも力を入れています。
ロングセラーの粒チョコ
宇宙船をかたどったアポロチョコ、カラフルな砂糖衣が楽しいマーブルチョコレートは、半世紀以上愛される定番です。世代を超えて親しまれる、明治チョコレートの顔ともいえる存在です。
スナック・ビスケット
きのこの山・たけのこの里
クラッカーの軸にチョコをのせた「きのこの山」(1975年発売)と、クッキー生地にチョコを合わせた「たけのこの里」(1979年発売)は、明治を象徴する兄弟商品です。どちらが好きかを競う「きのこ・たけのこ論争」は、公式も巻き込んだ名物企画として長年親しまれています。
カール
ふんわりした食感のコーンスナック「カール」も、長年親しまれてきた明治の名物です。近年は販売地域が西日本中心に縮小し、東日本では手に入りにくくなったことが大きな話題を呼びました。手に入りにくくなったことで、かえってその存在感が再認識された商品でもあります。
キャンディ・グミ・その他の菓子
ミント系キャンディの「チェルシー」や、噛みごたえのある「果汁グミ」など、キャンディ・グミの分野でも明治は存在感を放ってきました。また、ムースポッキーとの「チョコレート菓子戦争」で語られる「フラン」など、話題性のある商品も少なくありません。
アイスクリーム
アイスの分野を代表するのが「明治エッセル スーパーカップ」です。たっぷりの大容量と手頃な価格で、日本のカップアイスの定番として不動の人気を誇ります。1924年にいち早くアイスクリーム事業を始めた明治らしい、看板商品です。
乳製品|もう一つの明治
お菓子と並ぶもう一つの柱が乳製品です。1973年(昭和48年)発売の「明治ブルガリアヨーグルト」は、日本にプレーンヨーグルトを根づかせた立役者で、いまや家庭の定番です。近年は「明治プロビオヨーグルトR-1」「LG21」といった機能性ヨーグルトが健康志向の波に乗り、大きく伸びました。「明治おいしい牛乳」も、牛乳の代名詞といえる存在です。
カカオ産地とともに|メイジ・カカオ・サポート
チョコレートの原料であるカカオ豆は、遠く海外の産地の農家によって支えられています。明治は2006年から、独自のカカオ農家支援活動「メイジ・カカオ・サポート」を続けてきました。産地に直接足を運び、カカオ豆の品質向上のための技術支援や、農家の生活の向上、地域の環境保全などに取り組む活動です。
この取り組みは現在、世界の9カ国に広がっています。おいしいチョコレートを作り続けるためには、まずカカオづくりそのものを持続可能にしなければならない——単なる原料調達を超えた、産地への長い視点での関わりは、明治のものづくりの姿勢をよく表しています。
参考:Meiji Cocoa Support|明治ホールディングス
明治の業績と業界でのポジション
明治ホールディングスの連結業績
| 項目 | 2026年3月期 | 2025年3月期 |
|---|---|---|
| 売上高 | 1兆1,736億円 | 1兆1,540億円 |
| 営業利益 | 933億円 | 847億円 |
| 経常利益 | 965億円 | — |
| 当期利益 | 350億円 | 508億円 |
売上高は1兆円を超え、営業利益も前の期から伸びています。当期利益が減っているのは、一時的な損益要因が影響したとみられます。セグメントの内訳では食品事業が全体のおよそ8割を占め、残りを医薬品事業が担う構成です。
菓子業界での立ち位置
日本の菓子市場は、2024年の生産金額が2兆7,886億円、小売金額は3兆8,785億円と推定されています。明治は乳製品を含む食品全体で1兆円規模を売り上げており、菓子専業のメーカーとは事業の幅が大きく異なります。チョコレートの分野では、国内で高いシェアを持つ企業のひとつと位置づけられます。
気がかりなのは原料事情でしょう。カカオ豆の国際価格は高騰が続き、国内のチョコレート生産量は減少傾向にあります。カカオ産地との関係づくりに早くから取り組んできたことは、この局面では強みになりそうです。
主な競合との比較
| 企業 | 主戦場 | 明治との関係 |
|---|---|---|
| ロッテ | チョコレート・ガム・アイス | ガーナなどチョコ菓子で直接競合 |
| 森永製菓 | チョコレート・ビスケット | ダース・ハイチュウなどで競合 |
| 江崎グリコ | スティック菓子・デザート | ポッキーやプリンで売り場を分け合う |
| 森永乳業・雪印メグミルク | 牛乳・ヨーグルト | 乳製品分野での競合 |
菓子でも乳業でも競合が異なる——これが、二本柱を持つ明治ならではの立ち位置です。
明治グループの構成と他社との関係
| 会社 | 役割 | 受け継いだ系譜 |
|---|---|---|
| 明治ホールディングス | グループ全体の持株会社 | — |
| 株式会社明治 | 食品事業(菓子・乳製品・栄養) | 旧・明治製菓の食品部門+旧・明治乳業 |
| Meiji Seika ファルマ | 医薬品事業 | 旧・明治製菓の薬品部門 |
株式会社明治は、単独の会社ではなく「明治グループ」の中核を担う存在です。持株会社の明治ホールディングスのもとに、食品を担う株式会社明治と、医薬品を担うMeiji Seika ファルマが並びます。お菓子とヨーグルト、そして薬——一見バラバラに見えるこれらの事業は、「栄養を通じて人々の健康と幸せに貢献する」という、創業からの一本の志でつながっています。
チョコレートの世界を体系的に知りたい方は、チョコレートそのものの記事もあわせてどうぞ。
まとめ
株式会社明治は、砂糖会社から生まれ、「栄養報国」の志のもとにチョコレートと乳業という二本の柱を育て、いまや日本最大級の食品メーカーへと成長した会社です。相馬半治の「買う気でつくれ」という言葉、100年続く明治ミルクチョコレート、産地に寄り添うメイジ・カカオ・サポートまで——一枚の板チョコの向こうには、長い歴史と確かな想いが積み重なっています。
きのこの山やたけのこの里など、個別の商品の物語は、本文中の記事でさらに詳しく紹介しています。








